第3話 俺、宿敵を打ち滅ぼす

「アキレウス! 逃げるわよ! こいつは殺した敵の魂を捕らえて奴隷にするっていう設定を持つ、ゲーム史に残るクソボスなの!」


 ウタコは天井の隅に張り付いてそう叫ぶ。


 だが逃げない。逃げるわけがない。


 仁王立ちし、敵を睨みつけ、胸を張って反り返る。


 これが俺の基本姿勢。俺の戦い方だ。


「俺は常に王者。常に挑戦を受ける側。つまり――俺がボスだ」


「何言ってんの!?」


 病の原因が毒か呪いか知らないが、正々堂々殺しに来ないということは俺を恐れているということ。


 チュートリアルボスなど軽く捻ってくれる。


「名乗るがいい、刺客よ。良き戦いぶりを見せればその名と死に様をこの俺が覚えておいてやる」


 メイド服の女は牙を剥いた。

 ギザギザの歯がちらりと覗く。


「我は"あの方"の弟子、双牙のマルンフォスニア。弱った貴様など容易く殺し、腹の中で幾億年も飼ってくれるわ!」


「アキレウス! あの方ってのはラスボス魔王のことだから!」


「女ァ! ネタバレするんじゃねえ! せっかく濁しているのに…… ん? なぜそのことを知っている?」


 ウタコは俺の背中に回り込んで身を隠した。


「逃げましょう! 主人公を見つけて倒してもらうのよ!」


「ありえんな」


 ここは俺の屋敷、俺の領地。


 そして可愛い配下どもの職場であり、可愛い領民どもの故郷である。


 愚かなる臣民どもの頂点に君臨する"覇者"として、敵を前にして退くなんて選択肢はありえない。


「ウタコ、お前は隠れていろ」


「まじで戦うの!? こいつチュートリアルのくせにゲージが四つあるのよ!」


「ふん。さっさとかかってこい、マル……マルフォ……マル女!」


「マルンフォスニアだッ! お前から聞いてきたくせに忘れるんじゃねえ! ――ウオォォォ!!」


 屋敷を揺らすような雄叫びとともにマル女の体が膨らんでいく。


 黒い毛皮が生えて牙が伸び、巨大な野獣へと変貌する。


 部屋には到底収まりきらない大きさ。今にも天井を突き破り、尻尾を軽く振れば壁は崩れてしまうだろう。


 気に入らない。

 俺の私室で暴れるつもりとは。

 この部屋にいくら金を掛けたと思っている。


「空間魔術、虚なる位相」


 指を鳴らす。


 瞬間視界が切り替わった。


 我が屋敷の広大な庭の中心に転移したのだ。マル女とウタコも一緒に。


「すごい……中盤で覚えるワープ技を使えるなんて……アキレウス、レベルはいくつなの?」


「レベル? なんだそれは。そんなものはないぞ」


「ないの!?」


 マル女が土を蹴散らして尻尾を芝生に叩きつける。


「ウギャアアア!! 空間魔術とは珍しいものを。だが小細工にすぎんなァッ!」


 怪獣の赤ん坊みたいな唸り声。


 四足歩行の黒い狼となったマル女が鋭い爪で引き裂こうと襲いかかってくるが……ノロマすぎて当たるわけもない。


 全方位から迫る爪と牙、そして棘のある尻尾の攻撃を身一つで捌く。病み上がりにはちょうどいいトレーニングだ。


「手加減するな。こんなのじゃ俺には勝てないぞ。……まさか本気なのか? こんなので俺に勝とうとしていたわけないよな?」


「舐めるナアァァッ!」


「舐めているのは貴様だ。俺は麒麟児として大陸に名を轟かせるアキレウス・フォン・アイゼンガルドだぞ。この程度の実力で挑もうとするとは……度し難い愚かさだ」


「ウギャアアアァァァ!!」


「アキレウス! 第一形態は炎攻撃が弱点――っていうか炎以外効かないから。第二形態は水、第三は風、第四は土」


「なるほどな。属性相性を教えてくれる良ボスじゃないか」


「――ああ思い出してイライラしてきた! 序盤にそんな多彩な属性扱えるはずないでしょ! 相性不利で戦う辛さを教えられるだけのクソボスよ!」


「まあ見ておけ」


 指を鳴らす。


「四属性魔術、七色の円環」


 火、水、風、土。それぞれの魔力を練り上げ幻想を形にする。明確なイメージ、それが魔術の基本だ。


 虹色に輝く光球。エネルギーを注ぎ込めば秒ごとに輝きを増していく。


「な、なんだこの魔術は……ッ! 四属性の合成など人の身にできるはずがないッ!」


「貴様に教えてやる。――俺は天才だ」


 四属性の調和、それは神による世界の創造の模倣である。光は鼓動するかのように明滅し、全てを呑み込むほどに強くなる。


比類なき才能の輝きスーパーノヴァ・オブ・ジーニアス


 言葉を引き金として、光が収束する。


 マル女が尻尾を巻いて逃げ出そうとして――炸裂した。


 音が消える。耳がキーンと痛くなって、視界は真っ白に染まった。


 数秒経って光が消えたとき、マル女がいた場所にあったのは消し炭のみ。


「やはり名を覚える価値など無かったな」


「かっこいい…… かっこよすぎる…… やっぱり顔が最高ね……」


 ウタコは顔を手で隠しながらこちらをのぞき見ていた。


「お前は何を言っている?」


「ゴホン! すごいわアキレウス! 第一形態のままオーバーキルしちゃうなんて! あなたなら本当に魔王を倒せるのかも!」


「魔王なんて倒さんぞ。俺はアキレウス大帝国を作るので忙しいんだ」


「なにバカ言ってるの。ストーリーを改変するにもほどがあるから。それじゃあフォンマルクル王国に第三の敵が現れただけじゃない」


「知るか。俺はやりたいようにやる」


 俺はマル女の消し炭、白い灰の山に歩み寄り、その中に手を突っ込んだ。


 中で隠れるように震えていたのは……小さな子犬。マル女だ。


「おいウタコ。俺はこいつを飼うぞ。チュートリアルボスならば、領兵たちの良い訓練相手になるだろう」


「ウルルルルッ」


「はあ? ……まあいいんじゃない。そのうち主人公と戦わせてあげられるし」


 子犬はワンワンと鳴いて首を横に振った。だが敗者に道を選ぶ権利などない。


 俺はこうしてチュートリアルボスをペットにした。






=================

 作者からのお願い。

 おもしろいと思った方はぜひフォロー、評価をお願いします。おもしろくないと思った方も、評価での意思表示をしてくれたら嬉しいです。

 つまらないけど最新話まで読めたから☆ひとつ。

 悪くはなかったから☆ふたつ。

 そんな評価でもかまいません。

 ぜひお願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2024年9月28日 00:00

この世界は高難易度死にゲーで俺はサブキャラ? ふざけるな。この俺を主人公にして作り直してやる。転生失敗した女幽霊とともにシナリオ改変無双攻略 訳者ヒロト @kainharst

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る