この世界は高難易度死にゲーで俺はサブキャラ? ふざけるな。この俺を主人公にして作り直してやる。転生失敗した女幽霊とともにシナリオ改変無双攻略

訳者ヒロト

第1話 俺、死神にさえ屈さぬ

 俺、アキレウス・フォン・アイゼンガルドは天才だ。


 圧倒的な天才だ。


 この世すべてを手に入れることを運命づけられた、まさに神の子。


 なのに!


 俺は天才なのに!


 今は病で死にかけている。


 強く賢く勇ましく、革命的思想を持ち、統治に優れ制覇に優れ、時代の覇者となるはずの人間だった。


 それなのにこんなところで終わりを迎えるとはなんとも歯痒い。


 屋敷の一室。


 多くの使用人や部下たちに囲まれてはいるが、彼らの声はもはやぼんやりとしか聞こえない。


 泣くんじゃないと叱りつけてやりたいが、呼吸すらままならないのだ。


「アキレウス様!」


 それでもリリスの声だけははっきりと聞き取れた。こいつは俺の乳母の娘、つまり同じ乳を吸って育った仲だ。


 胸に縋り付くリリスの頭を撫で、なんとか言葉を紡ぐ。


「リリス……結婚するぞ……そしてお前が……伯爵夫人として……アイゼンガルド領を治めろ」


「いやです!」


「……俺の死はしばらく伏せろ……葬儀などいらん……鳥にでも食わせてやれ……」


「いやっ! アキレウス様!」


「みな……リリスを支えるんだ……」


 部屋に集まる我が部下たちは涙ぐみながら頷いた。信頼できる可愛い奴らである。


 俺が死んでもやっていけるだろうか。不安ではあるが、任せるしかないのだ。


 男アキレウス、辞世の句は考えてある。


「さらば、世界よ…… 世界全てを手にするはずだった男がここで死ぬ。悔やむがいい……」


 リリスの激しい慟哭も、ずっと遠い場所から聞こえてくるようだ。


 そして俺は死んだ。




 そしてそして、俺は霊体となった。


 魂のみとなり体から離れてプカプカ浮き上がっていく。


 これが幽体離脱というやつか。死後の世界は実在したらしい。


 未練はある。


 やり残したこともたくさんある。


 だがいい人生だった。


 俺の亡骸を囲み号泣する配下たちを目に焼きつけながら、ゆっくりと空へ向かう。


 冥界は空にあるのだろうか。


 現世では世界征服の夢は叶わなかったが、かわりに冥界征服でもするか。


 ふと、知らない声が聞こえた。


「おーい。聞こえてる?」


 そこには霊が浮いていた。黒い髪と黒い目を持つ、妙な格好をした女の霊だ。


「誰だ貴様は」


「私は桜川詩子。あなたの体に転生することになったの。すれ違ったし、一応挨拶はしておこうかなって」


「は? 俺の体に転生?」


「そう。今から私があの死体に入って蘇るの。そしてあなたとして生きるってわけ。精一杯がんばります」


「……そんなの認められるか!」


「気持ちは分かるけどさ。私に怒んないでよ、神様の指示だし」


 ウタコは困ったように頰を掻く。


 しかし俺はこんなふざけたことを許すつもりはない。


 これは……アキレウス・フォン・アイゼンガルドという人間への侮辱だ。


「お前みたいなイモくさい女にアキレウス・フォン・アイゼンガルドは務まらん。胎児からやり直せ」


「はああああ? なによあんた! さっさと成仏しなさい!」


 ウタコはそう叫んで俺の死体へ近づいていく。それを俺は蹴り飛ばした。


「俺の美しい体に近づくんじゃねえ!」


「蹴った!? 私を蹴った! なんで幽霊のくせに触れんのよ!」


 ウタコは髪を振り回しながら掴みかかってくるが――攻撃はすべてすり抜ける。


「なんで私は触れないわけ!?」


「魂の強度が違うんだよ! オラッ!」


「いたい! 叩かないで! 魂の強度ってなに? わかわかんない概念を持ち出さないで!」


 ウタコが赤くなった頰を押さえる。ビンタで済ませただけ寛大だろう。


「魂の強度は魂の強度だ」


「なによそれ! ――神様! 話と違います! この男をどうにかしてください!」


「ふん。困ったら神頼みとは、そんなだから魂の強度が低いのだ。自分の力で為すという確固たる意志を持て」


「初対面で説教してくるな!」


 言い合う俺とウタコの頭上に突如輝く光が現れた。


 パンパカパーンとラッパが鳴り響き、人の姿をした何かが降りてくる。


 ジジイだ。ジジイが降臨した。


 長い白髭を蓄えて杖を持っているジジイ。


 ウタコが呟く。


「なんて神々しい……」


「どこがだ。ただのジジイだろ」


 ジジイはおもむろに口を開いた。おごそかで優しい声だ。


「アキレウス。お前は死んだのだ。成仏し、ウタコに体を譲り渡しなさい」


「いやだ。貴様は誰だ。俺に命令するんじゃない」


「わしは見ての通り神様で――イタイッ! イタタタッ! イタイ! 髭を引っ張るんじゃない!」


「お前も魂の強度が低いな。胎児からやり直せ」


「か、神に向かってなんという口の利き方。傲慢がすぎるぞ人間! こんな無礼者は初めてだ。いかに身の程知らずであるか思い知ら――イタイッ! イタイです! イタイイタイイタイッ!」


「俺を誰だと思ってる! オラッ! 二度と偉そうに命令するんじゃねえ! オラッ! 何が神だジジイじゃねえか!」


「イタイ! アキレウスやめよ! やめるんじゃ! ――アキレウス様イタイですおやめください!!!」


「ふん」


 髭を離してやる。

 そしてむしり取った髭を投げ捨てる。


「ジジイ。お前はもとの場所へ帰れ」


「はい!」


「よし。俺は素直で従順なものが好きだ」


 ジジイは光り輝き、まばたきのうちに消えた。


 いったいなんだったのだあのジジイは。登場だけが大袈裟であった。


 ウタコが何かを思い出したように手を叩き、上ずった声音で喋りかけてくる。


「アキレウス・アイゼンガルドって、あの『フォンマルクルの滅び』のキャラじゃん! じゃあゲーム転生ってこと!?」


「意味不明なことを言うな。体はやらんから、お前も消えろ」


 ウタコは無視して、まだ温かい死体に目をやる。


 今あの亡骸に戻れば蘇れる気がする。


 不思議な確信があるのだ。


 宙を泳ぐようにして肉体へ近寄り、触れる。


 すると霊体は肉体へと吸い込まれた。


 目を開く。


「アキレウス様っ!?」


 目を充血させて滝のように涙を流すリリスの顔がほんのすぐそこにある。


「ああ。アキレウスだ」


 このようにしてアキレウス・フォン・アイゼンガルドは蘇った。




 そして浮遊する幽霊、ウタコはヘラヘラと媚びるような笑みを浮かべて、


「いやあ、私どうしたらいいんだろう。行き場なくなっちゃった。日本では死んでるし、成仏の方法も分かんないし。困ったなあ。えへへへへ」


「なんだお前は」


 桜川ウタコは蘇ることができなかった。


 このようにして俺とウタコは奇妙な出会いを果たしたのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る