第2話 分断統治

ーーーー

翌月、私はケープ・スラウヴァに向かった。

今回の目的はここの開発を牛耳っている会社の支局長と結んで投資を呼びかける事だ。

植民地開発はやはり行政からだけでは限界がある。


そのために私はわざわざ列車に乗って南部へ向かって下って行った。

ケープ・スラヴァは大陸随一の大都市で帝国海軍の寄港地でもある。

アビリニアとは違って交通インフラも整備されている。

その栄華は帝国本土の都市にも見劣りしない。


私は少し心躍りながらその街並みを従者を連れて歩いた。

馬車など用意しては私が来たと噂になってしまう。

今回の件はケープ・スラウヴァ総督に許可を取っても居なければ私以外にはこの従者しか知らない。


しかしそんな思いも空振りになってしまった。

支社長は多忙を理由にそのアポイントメントを急遽キャンセルし

あろうことか鉄道部部長補佐などという端役を私にあてがった。


私は大変不機嫌になった。

局長は来ないにせよ部長も来ず部長補佐だと?


しかもその部長補佐なる人物は眼鏡をかけたいかにも気の弱そうな人物だ。

彼は「自分がアビリニアの担当です」などという。


私は仕方が無いので彼に「アビリニア総督府への今後ますますの友好をお願いしたい」と上辺の決まり文句を置いてすぐに退出した。


私は結局どこの開発公社からも開発の話を受けられなかった。

第一資源も何もない。設けられるのは鉄道産業だけの後進地域に投資など起るはずもない。


しかしそうなら逆転の発想しかあるまい。

私は総督府へ戻るとすぐに内務長官を呼び出すと

「商品作物を植えよう」と藪から棒に切り出した。


内務長官はお得意の葉巻をふかしていたが突拍子のない事を聞いて驚いたのか火をジャケットの裾に落としてしまった。

「あーあ、高い服なのに」


「内務長官。アビリニアは農耕国だろう。商品作物を撃って稼いだらどうか」


「そんなことが出来たらとっくにやってますよ。ここでできる物と言えばコーヒとか雑多な野菜ぐらいです」

「あとは小麦や大麦。トウモロコシなどですがその大部分が

持て余し気味ですよ。帝国は植民地を加えても食べきれないだけの食料供給過多状態なんです。本土の農家を守るために生産制限がなされているのはご存知でしょう」


「誰も帝国本土に流通させるなど言ってない。海外に売るのだ」


「外国もそうですよ。帝国本土からの食料輸出産業も安売りはしたくないでしょうし制限があるでしょう。食べ物が足りてないのはそれこそ禁輸で締め出されてる競争国ぐらいで・・・・」

内務長官はここまで自分で述べてはたと口を止めた。

そしてなにかに気が付いてゆっくりと私の眼を見つめた。


「競争国への密輸・・・?!」


「それしかあるまい。帝国の枠内に今さら新規食糧事業が入り込む隙間もないだろうし」


「しかしそれは言うなれば利敵行為。禁輸措置を取っている他国にわざわざ食料を送るというのは遠回しには、我々に銃を向ける兵士の腹を満たす事ですよ」


「迂遠だな。他の業種だって横流しなり裏で受注することなんか山ほどあるじゃないか」


「しかし我々は官庁であり・・・」

内務長官はその後もぐちぐちと駄々を捏ねた。

彼にとってみれば左遷先でも俸給は出るのだからわざわざ危ない橋を渡る意味もないのだろう。


しかし私は違う。後ろ盾もない評判も悪い私からしてみればこのアビリニアは何としても金の成る木にしなくてはならないのだ。


「いいか内務長官。これは決定事項だ。すぐさま残りの予算で飼料と農業事業者を雇え」

と私は彼に命じた。


「植民地省に許可は」

内務長官は去り際に振り向くと心配そうな顔で尋ねた。


「密輸を相談する馬鹿がどこに居る」

と私は大声で彼に怒った。


ーーー


次の月から私は早速農場の政策を確認した。

まずはプランテーションを作るための構造づくりからだ。


本土から雇った農業技術者は12人。勿論彼らは指導者なのでこの程度の人数で良い。というかそれ以上雇えなかった。


彼らの任務は現地の住民を教育して監督者にする事。

その監督者が農場の責任者になり労働者を指導するのだ。


「しかし監督者の選任はいかがいたしますか。やはり族長などにやらせますか」

と従者は尋ねる。

しかし私はそれには承服しかねる。


「既存の体制を維持するのでは発展はない。それに奴らは一族のコミュニティを大事にする習性がある。これでは金が回らない」


既存の体制ではコミュニティの規模が小さく成長しない。

もしアビリニアを大きくしたいならこれらを解体して新たな社会秩序を立てなければならない。

それに、このやり方では動員できる人数も限られてしまう。


従者はそれを聞いてまた悩む。

「うーむ、しかし小コミュニティは国民の8割を占めるルト人の風習です。北部のアルトー人は確かに大きなコミュニティですが似たり寄ったりですよ」


しかし私はその従者の言葉を聞いてあることを閃いた。

「ならば、そのアルトー人を支配階級にしてルト人を皆奴隷にしてしまえばよかろう」


それに従者は眉を潜めて

「しかし彼らは密接な関係にあるのですよ?彼らの言語は方言程度の差異しかありませんし、婚姻などで結びついている部族もある」

とその案を非難した。


「阿呆。それこそが狙いなんだよ。親密な関係を断てば反乱も抑えられるだろう?それにアルトー人を役人や兵士にすればわざわざ本土から高給の役人を呼ばずとも済む」

私は我ながら妙案を思いついたと鼻高々で大変陽気になった。


ーー

そしてそのまま私は植民地内部で即座にある法令を飛ばした。

”アルトー人を兵士・役人として登用する”という案内と

”ルト人の土地をすべて没収し、その権利一切を総督府が預かる”という文言だ。


私はすぐにアルトー人たちが応募してくるものだと思っていた。しかし予想は外れた。

それどころかアルトー人らは連日官庁を訪れ、”同胞であるルト人の権利を奪わないでくれ”だの”家族のルト人の土地を返してくれ”などと抗議が相次いだ。


そしてそれは次第に暴力性を帯びはじめたので私は急いでレオポルドに警察と軍を動員するように命令した。

6月暮れの事である。


総督府とその周辺は大変物々しい雰囲気が漂っていた。

小銃を構えた兵士たちが正門を固め、玄関前には機関銃が置かれた。


私はその執務室で大変苛立っていた。

レオポルドは言う。

「このままでは大きな暴動が発生する可能性があります。国土防衛隊を動員して鎮圧化を図りますか?」

「さもなくば、帝国本土から軍の増援を要請しますか?」


彼はかなり真剣な様子で述べた。

事実、これは危機的状況だ。このままアルトー人が駄々を捏ね続ければせっかくの分断統治もおじゃんになってしまう。


私は早急に手を打たなければならなかった。


「・・・・国土防衛隊の中からルト人を6名ほど選抜しろ。

それに帝国人の将校1名を」

私はレオポルド将軍にそのように命じた。


彼はそれに対して「承知いたしました」とやや気の抜けたような返事をした。


どうやら彼には狙いが伝わっていないようだ。

「将軍、彼らにルト人のどこか一つの族長を攫ってこさせよ。そうしてその族長の首をルト人に突き出せ」


「それは・・・内戦になりかねませんよ」


「それでいい。アルトー人が窮地に立てば我々に頼るはずだ」

「だから、族長を殺してこい」

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資源も少ない辺境の総督に任命されました!~逆転発想でスローライフ満喫~ ハンバーグ公デミグラスⅢ世 @duke0hamburg

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