第28話

侯爵夫人にも関わらず、千鶴子はよく言えば気取らない、悪く言えば無邪気な女性だった。




遠慮がちな桜子にお茶を勧め、子どものような天真爛漫さを発揮する。




「……では、この仔を『鈴鳴』と呼んでいたのね!」



「はい。名前がわかりませんでしたし、ちょうど鈴の音を聞いて出会いましたから」



「良いわねぇ。わたくしもそういった名前を付けたかったわ」



「……奥様が付けた名ではないんですか?」



「ふふ。この猫はね、夫からの贈り物なの」




嬉しげな千鶴子の表情に釣られ、桜子も思わず微笑み返す。




聞き上手な千鶴子の雰囲気にやがて落ち着きを取り戻し、桜子もぽつぽつとだが会話を楽しんでいた。




そうして、時間が経つのはあっという間だった。




藤ノ宮邸を訪れたのは昼下がりだったが、今はもう夕暮れ。




すっかり話し込んでしまい、桜子が暇(いとま)を告げると千鶴子は残念そうな顔をした。




「もう少しお話ししたかったけれど……」



「申し訳ございません……」



「いいえ。でも、またお話ししましょうね」




余程桜子のことが気に入ったのか、千鶴子は白木が止めるのも聞かず、玄関まで彼女を見送ってくれた。




「すみません……」



「良いのよ、気になさらないで。それに、お友達を見送るのは当然のことでしょう?」




恐縮する桜子に千鶴子がさも当然とばかり言う。




苦笑する白木が自動車を出すと言うのを慌てて遮り、徒歩で帰らせてくれと訴える。

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