第24話

「―――桜子様」




その名を呼ばれた時、反応が遅れたのは仕方がないことだろう。




『様』付けで呼ばれるような育ちではないし、呼ぶ人もいなければ呼ばれたこともない。




無意識にその声を聞き落としていれば、再度名を呼ばれる。




「桜子様。日崎桜子様」



「……え?」




自分の名を呼ばれていることにようやく気付き、振り返った桜子は目を見開いた。




「白木、さん?」



「ご無沙汰しております、桜子様。先日はありがとうございました」




そう言って優雅に微笑むのは、真っ白な髪を整え皺ひとつない黒服を着た白木だった。




傍の車道には自動車が止まっており、道行く人が何事かとチラチラと目を向ける。




白木とは、当たり前ではあるが鈴鳴を引き渡した時以来会っていない。




慌てて居住まいを正し、桜子も頭を下げる。




「こちらこそお世話になりました。……あの、何か御用でしょうか……?」




恐る恐る尋ねる桜子の言葉を肯定するかのように白木が微笑む。




この人の笑顔は人の警戒心をことごとく削ぐ気がする……などということをぼんやりと考えていれば、白木はさらりと言った。




「本日は貴女様をお迎えに来ました」



「迎え、ですか?」




首を傾げる桜子に白木が頷き、とんでもないことを言い出した。




「奥様が先日のお礼がしたいとのことで、貴女様をご招待したいと。大変申し訳ありませんが、今からお時間、よろしいでしょうか?」




……懇願の形を取った命令に、桜子が抗う術はなかった。

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