第5話 「俺」の名前


 宿に入った俺達は併設されている酒場を通り抜け、宿泊の受付にやって来た。

 受付には人は居なかったが、アッシュは慣れた様子で机の上に置かれた呼び鈴を鳴らした。

 すると、奥の扉から「はいはーい!」と元気な声が聞こえて、すぐに明るい茶髪の年若い少女が出てきてカウンターに立った。



「お帰りなさいアッシュさん、セラさん!そして───あれ?リュートさんじゃない?」



 いつも後ろにいる無口な青年ではなく、別の人が居たのを不思議に思ったのかその少女は首を傾げる。



「あー、リュートは協会に依頼達成報告をしに行ってもらったから、今は居ねぇ。そして

 こいつが…オレ達の新しいパーティーメンバーだ!」



 アッシュは俺の肩を叩きながら紹介する。

 それを聞いた少女はその顔に驚愕の表情を浮かべ、そして満面の笑みを浮かべパーティーの人数が増えたことをまるで自分のことのように祝ってくれた。



「わ、〈灰竜の脊〉に人が増えたんですね、おめでとうございます!いや〜よかったです、前からもう少し人数が欲しいと言ってましたもんね。…あっ、申し遅れました。私はこの、『宿屋風月』の受付兼給仕担当のミーナです!初めまして……えーと…」



 自己紹介の後にミーナが何かを言おうすると、そこにアッシュとセラが割って入って来た。



「ああっと、オレ達少し疲れたから早めに部屋に戻らせてもらうぜ。」


「話切っちゃってごめんね〜。また後で酒場で会おう?」


「あ、分かりました!では、部屋泊まっている人数をひとり増やしておきますね。…はい、出来ました!それでは、ゆっくり寛いで下さいね!」


「おう。ありがとな、ミーナちゃん」


「ありがとう!」


「いえいえ〜、新メンバーの方もごゆっくり。」


「あ、ああ」



 途中、不自然に話を切ったアッシュ達を不思議に思いながらも、2人の案内を受けて彼らの借りている部屋の前にやって来た。

 いくら仲の良いパーティーでも流石に男女で別々の部屋を借りており、今回は比較的広いアッシュとリュートが泊まっている部屋で話すことにした。



「あれ、この部屋、結構広いね?」


「そりゃそうだろうな。ここ、3人部屋だし。ほら、そこに3つ目のベッドがあるだろ?」


「あっ、ほんとだ。立てかけてある。」


「ここに来た時には、空いてる部屋がちょうど人が多い時期で1人部屋と3人部屋しかなかったから、2人は仕方なくこの部屋を借りたんだけど…」


「ここで暮らしてたらなんか部屋取り直すのも面倒になっちまって、結局そのまま借り続けてたんだが、まさかそれが功をなすとはな!」



 あー、だから3人部屋に2人と。

 そのおかげでこの部屋に俺が入っても問題なく済んだし、世の中何があるかわからないな。

 ……記憶を失うってこともあるんだしね。


 置いてある方のベッドに腰掛けながら3人でそんな話をしていると、何回かのノックの後扉が開き、リュートが部屋に入って来た。



「……今帰った」


「報告ありがとなリュート、お疲れさん。────それじゃ全員揃ったしそろそろについて話し合って決めるとするか!」


「(…っ!門のとこで話してたことか!一体なんのことなんだろう…?)」



 ついに、あの時のアッシュとマルタさんの会話で出て来た『』についてわかるのか…!

 何か重要そうなことではありそうだけども…



「うん、そうだね!」


「……ああ、決めよう」



「「「……君の名前をな(ね)!!!」」」



 ………おお〜……────うん!?



「お、俺の名前ぇ!?なんで!?」



 出て来た答えはまさかの俺の名前の決定であった。

 でも俺って自分の名前に関する記憶を無くしているだけで本当の名前があるんじゃないか?



「なんでって、そりゃあいつまでも『キミ』とか『コイツ』とか読んでちゃ大変だろ?それに…」


「……冒険者協会に登録するにも名前がいる。」


「それだけじゃないよ!他にもいろんなところで名前を使う。だから、記憶を無くしてやってくる『精霊の迷い人』は、その人の知り合った人とか仲の良い人と一緒に新しい名前を考えるんだ!」


「…確かに、名前がないのは不便だね。分かったよ。」


「君の人生の一部になる大切な名前だ。いい名前を考えるぞ!」


「「おお〜!」」

「……おー」



 こうして始まった俺の新しい名前を決める会議は、なかなかに難航した。


 自分で自分の名前を付けるのは到底無理な話なので、基本的に俺はみんなが考える名前がいい感じかあんまりしっくりこないかを伝えるだけなんだけど、セラとアッシュの付ける名前がことごとく変な名前すぎて、その殆どが俺が答える前にリュートによって却下されていた。


 セラ…いくら名付けるのが難しいからって、流石に「『沈黙の森』に居たし、モーリー!」はないよ…

 いや、彼女は至って真面目に決めているつもりなんだろうけどね……


 会議はさらに長い間続き、そろそろ案も尽きて口数が少なくなってきたその時、アッシュがボソリとある名前を呟いた。



「リン……リンダース。これならどうだ?」


「…ん?あ、いいんじゃない!?キミはどう?」


「うん、なんかいい響きだね…!ちなみに名前の由来は何?」


「君がやって来て初めて訪れたのがここ、リンドルで、この大陸の名前がレイダース大陸だ。それで、その2つの要素を掛け合わせてみたんだが……」


「……少し安直な気もするけど…」


「…ま、まぁ、コイツが気に入ればいいじゃないか!……本当にこの名前でいいのか?今後のこともあるし、しっかり考えてくれ」



 リンダース、リンダース…うん、自分の名前を決めるのってなんかちょっと恥ずかしい気持ちになるけど、俺は…みんなで考えてくれたこの名前が良いな。



「決めたよ。俺の名前は『リンダース』だ!」


「おお〜気に入ってくれたんだね!」


「ふぅー、良かったぜ…オレの渾身の名前だったから、ダサいとか言われたら立ち直れなかったかもしれねぇ……」


「……これから宜しく、リンダース」


「「よろしくな(ね)、リンダース!!」」


「うん、よろしく、みんな!」



 こうして、俺はただの『精霊の迷い人』から〈灰竜の脊〉の『リンダース』になった。


 その後、各々の好きな話題を上げながら談笑しながら、ゆったりと過ごした。

 明日は何をするか──とか話してるうちに、俺の愛称は『リン』となっていた。

 あ、愛称がつくのが早いな…まぁ、みんなとの距離が縮んだ感じがして嬉しいから大歓迎なんだけどね!


 会話も一区切りしたところでふと窓を見ると、外はすっかり暗くなっており、俺たちがどれだけ真剣に話し込んでいたのかが分かる。


 窓辺に差し込んでくる月明かりは柔らかな光を湛えていて、俺の、『リンダース』の誕生を祝っているかのようだった。


 その光景を見ながら少しぼんやりとしていると、急に部屋のドアがノックされ外から聞き覚えのある明るい声が聞こえてきた。



「アッシュさん達ー!もう、いつになったらご飯を食べにくるんですか!今日のぶん無くなっちゃいますよー!」


「のわっ、まずい!早く行かねぇと今夜の晩飯抜きになっちまうぞ!」


「えっ!?……うわほんとだ。外もう暗くなってるじゃん!急いで酒場に行くよ!」


「……ああ。ほら、リンも」


「分かった!」



 それから俺たちは人でごった返している酒場で晩ご飯を食べ、セラと別々部屋に分かれて寝る前にやることを済ませた後、立てかけてあったもう一つのベッドを元に戻し、その上に寝転んだ。


 今日はいろんなことがあったな…

 目が覚めたらどことも知れない森の中にいるし、記憶もなくしてるし……改めて振り返ると散々だな。


 でも、アッシュやセラ、リュートみたいな優しい人達に会えて本当によかった。

 もしもあのままあそこで眠り込んだままだったらと思うと、ゾッとする。

 あそこには数はあまり多くないものの、魔物もいるみたいだから、俺は寝ている間に記憶を失ったことすら分からないまま命を落としていたかも知れない。


 …今は何一つ思い出せないけど、みんなと一緒に旅をして記憶を取り戻して、過去の俺に何があったのかを解明できたら良いな。


 そんなことを思いながら俺の意識は夢の中へと落ちていった。







◇ ◇ ◇







 底の見えないくらく深い闇の中で、声が聞こえてくる。









 ───れ


 ──────まも


 ─────────まもれッ!!


 ──もう…度と過ちを、繰り…えさな…ように。


 ───大切な…を、救う為に。




 ────…が、できなかったことを、成せ!!









 ─────────────────────────────────────────


 あ、初投稿です(投げやり)

 併願とかいうやつが始まるので、多分ここから投稿頻度がガタ落ちします。

 せっかく読み始めてくださったのに、申し訳ないです…

 ですが、受験が終わったら必ず再開しますので気長に待ってもらえるとありがたいです。

 それではまた、お会いしましょう!



 ※2024/10/18 『精霊の迷い子』を『精霊の迷い人』に変更

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守護の蒼氷 シユウ @shiyuu-1

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