かでんの声が聞こえる。

暮石 引

エアコンのカミュ

「死ぬしかないんじゃない?もう諦めてさぁ」


カミュはそういうと、いじわるそうに笑ってみせた。しかし、別に何とも思わない。布団の中で向きを変えて、俺はカミュに向かって手に届いた漫画本を投げつけた。


「痛い!なんてことするんだ!家電を大事にしろ!無職のお前がエアコンを買い替えられるのか?」

「カミュ、静かにしてくれ」

「ふん、都合のいい時だけ鬱のふりしてさ」


カミュは、部屋の片隅でごうっと音を立てて風を送っていた。カミュは、エアコンだ。彼と話せるようになったのは、鬱になって、しばらくこの部屋に閉じこもるようになってから。ふと声がすると思い、見上げたそこにはエアコンがあった。とうとう幻聴まで聞こえてきたのかと思ったが、どうやら違うらしい。


「家電はね、何年も使われると魂が宿るんだ。次郎が小さなころに買って来た物だからね。魂くらい宿るさ」


そんな風にカミュは説明してくれた。会社を鬱で退社した今、社会とのつながりというか、話し相手というか、そういうものがあることは実にありがたかった。だが、自由はない。常に上から監視されている。エッチな本も読めないし”あれ”だって出来なくなった。まぁ、喋られる前から彼には何もかも見られているので、今更何を恥ずかしがっているのやらといった所だが、とにかく、カミュとの出会いは孤独との解消と自由の壊滅であった。


カミュは黙って冷たい息を吐いている。口は悪いが、それなりに体調のことも気にしてくれている。


体調が悪い。

身体がベットにぴったりとくっついてしまっているかのようだ。

カミュの言う通り、死んでしまったほうが楽かもしれない。だが、それを実行する気力もない。会社を辞めて3ヵ月。これから、自分がどうなってしまうのかわからなかった。


「ねぇ、カミュ」

「なぁに?」

「君は、ここの空間しか見たことないんだよね」

「そうだね、次郎のパパとママが購入したその日から、次郎の部屋しか見たことないよ」


カミュの表情は見えない。なにせ、エアコンだから。だが、その声から、とても明るく答えて見せたことがわかった。生まれてから、動かなくなるなで、ずっとこの部屋の片隅で、風を送り続ける彼。私は彼がかわいそうに思えた。


「かわいそう、って、思ったでしょ?」


カミュには全てお見通しだったようだ。


「私はエアコンとして生まれた。こうして部屋の隅で風を送ることが幸せだ。もちろん、どこか遠くへ行ってみたいと思うこともある。けれど、そんなことを考えても現状は変わらない、受け入れるしかないんだよ。この不条理な世界を幸せに生きるには、そういうもんだって受け入れるしかないんだよ」


エアコンのクセに、生意気なことを言うなぁ。と、私は思ったが、口にはしない。おしゃべりなエアコンにまた口撃されてしまっては困る。と、自分で質問して起きながら思った。


「次郎」

「なんだ?」

「あんたの病気もな、受け入れるってのが一番大切なんだぜ。いろいろな嫌なことや苦しいことがあったと思うけど、受け入れる努力をしてみなよ。少しは楽になるぞ。まぁ次郎がどうなろうが、私には関係ないんだが、一応、お節介としてね」


カミュはまた笑う。その言葉に、私は何も言わずにいた。

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