第43話
東京に戻ってきた僕らは空き家を探した。
もう人と関わることも危ないとのことで、あまり近所に家のない家を選び、深夜車を駐め、シートをかけて中に入った。
明かりは付けない。極力外に出ない。人がいることがバレてはいけないから物音も立てない生活だ。
外に出るのは一人で。深夜にコンビニに買い出しに行く。それ以外は空き家から一切動かない。
ある程度は話しても問題ないが、騒いだりはできないので本を読んだりネットをしたりして時間を潰した。
でもどんな時でも次の計画はいつなんだろうと思ったが最後、落ち着かなくなる。
時間が経つ毎にじわじわと妙な焦りが生まれてきた。
ストレスを解消しようにも外に出られない。僕らは追われている身だから出て捕まりでもすれば次の計画が進められなかった。
それどころか石丸さんの顔はバレている。もし目撃者がいれば今すぐにでも警察がここに来る可能性だってあるんだ。
もしそうなったらどうなるんだろうか?
今までずっと考えないようにしていたことが頭をもたげた。
無敵。その言葉に今まで僕は守られてきた。
でもそれは死と引き替えにしたものだ。死を受け入れたから得られるものだ。
なにがあっても受け入れる覚悟があったはずなのに、日が経つ毎にそれは消えていく。
ネットの一部で無敵同盟は賞賛されている。こんなこと僕の人生で初めてだ。なにかをやって褒められたことなんてなにもなかった。
捕まれば認められていたものを全て失う気がした。きっと応援していた奴らは手のひらを返して笑いものにするだろう。
恐い。それはとても恐かった。
でも弱いとも思われたくない。僕はもう弱者でいたくないんだ。
人に使われ、捨てられ、見下される。ずっといたのに最初からいないように振る舞われるのはイヤだった。
でもいらないと言われたくない。思われたくもない。
逃げ出したい気持ちとここにいたい気持ちが交互にやってくる。
膨らんでいく不安を抱える僕だが、石丸さんも橋爪も落ち着いていた。
場数が違うのか、覚悟の差なのか、それは分からない。
だけど僕は益々情けなくなった。
深夜。石丸さんが暗闇の中を買い出しに向かうと僕はスマホを触る橋爪に声をかけた。
「……落ち着いているな。君は」
「え? 俺っすか?」
橋爪は横になったまま頭を持ち上げ、自分を指差した。僕が頷くと橋爪は笑いながらスマホに向き直す。
「まあ、慣れてますから」
「慣れてるって、追われることに?」
橋爪は頷いた。
「そうっすね。ガキの頃から万引きばっかりしてたし、大人になってもそれなりにやってますから」
「じゃあ最初から恐くなかったのか? すごいな……」
「いや。最初は普通に恐かったっすよ」
「え?」
意外だ。こういう奴は最初からネジが外れているものだと思っていた。だからこそ簡単に犯罪ができるのだとも。
橋爪はまた笑った。
「初めて万引きした日は今でも覚えてます。お母さんが二日も帰って来なくて、腹が減ってどうしようもなかったんですよね。だからスーパーでお菓子盗んで隠れて食べてました。それから恐くてずっと近くの神社に隠れてて。でもそんなところに居続けられないし。だから家に帰って、でも食べるもんないからまた万引きしてました。二回目はそこまで恐くなかったですね。しょうがないっすよ。生きてくためだもん。やることやらないと死ぬしかないし。死ぬのと警察に追われるのどっちがイヤって聞かれたら、普通死ぬ方を選ぶっしょ」
たしかにそうかもしれない。誰だって死にそうになれば犯罪でもなんでもして身を守ろうとするだろう。
善悪と命、どちらが大事か。人にもよるだろうが僕なら命を選ぶ。
でもそれを許さないのが社会で、だからこそ飢えは死ぬまで止まらない。
僕はずっと思っていたことを橋爪に聞いてみた。
「……君は死ぬ覚悟はあるのか?」
「え? いや。全然ないっす」
あまりにもあっけらかんと言うので僕は驚いた。
「でも無敵同盟に入るには必要だろう?」
「そうみたいっすね」
橋爪は他人事のように言った。
「どういうこと?」
「あー。えっと、これは石丸さんになるべく言うなって言われてるんですけど、要は助っ人みたいな感じなんすよ」
「助っ人? 犯罪の?」
「そうっすね。一件百万円。全部終われば成功報酬で六百万。つまり全部で一千万の契約っすね」
「カ、カネのためにこんなことをしてるのか?」
「当然。悪党ですから。カネさえ貰えればなんでもします」
橋爪はにかっと笑った。
この時僕は初めて橋爪のことを恐いと思った。
可哀想に思ったり、理解できるところもあると感じた。でも根本的になにかがズレている。根っこにある価値観が僕とは違う。
橋爪はまた横になる。
「いやあ。でもよかったっすよ」
「よかった?」
「リメインです。誰だか知らないけどあいつは賢い。どうやれば捕まらないかを熟知してる。刑務所から出てきてカネがなかったんで助かってます。手っ取り早く空き巣でもしようかと思ってましたけど、一千万も貰えるこっちの方が断然良いです」
カネ。結局こいつもカネで動くのか。
でもだからこそ便利なんだろう。僕や石丸さんみたいな人がそう簡単に見つかるわけがない。
いじめられた人のほとんどが逃げたり隠れたり引きこもったりする。逆に相手を倒してやろうと思える人は少ないはずだ。
だからこそ石丸さん、いやリメインは橋爪を買った。
カネを憎みながらもカネを使い、そして強欲に自分達の目的を達成しようとする。
こんなのまるで……。
僕の中で違和感が大きくなってくる。
このまま協力し続けてもいいんだろうか?
一体この先にどんな結末が待っているのかがまるで分からない。
橋爪は甘く見てるが、僕はそう思えなかった。
なにかこう、僕らの知らないところで別のなにかが動いている気がした。
その時、隣の部屋で物音がした。僕は体をビクリと震わせ、暗闇を見る。
すると石丸さんがコンビニの買い物袋を持ってスマホのライトを付けて立っていた。古い玄関は開けると音が鳴るから窓から出入りしている。
「お待たせしました。お弁当やパンを買ってきました。お腹が減っているならどうぞ」
橋爪は「酒ありますか?」と尋ねる。
「ええ。重いので三本しか買えませんでしたが。田端さんもどうですか?」
石丸さんは橋爪にカップ酒を渡して僕にも同じ物を差し出した。
僕は思わずかぶりを振った。
「だ、大丈夫です……。寒いですし……」
「なら熱燗にしましょう。お湯ならすぐに湧きますし」
石丸さんはそう言ってガスコンロを取り出した。
暖房のないこの部屋では寒いと厚着をしたり寝袋にくるまったりするしかない。カイロを使えばそれなりに温かいけどその場所以外は寒いままだ。
石丸さんはペットボトルの水を鍋に入れ、そこにカップ酒を入れるとコンロの火を付けた。
酒が温まるとコンビニで買ってきたおでんと一緒に三人で飲む。
明かりは最低限、蝋燭だけだ。カーテンが閉められた部屋の中で影が揺れる。橋爪がおでんの入ったカップを覗き込んだ。
「こんにゃく取っていいっすか? 大根はあげますから」
「全部三つずつ買ってきてます。だから一つずつです。田端さんもどうぞ」
僕は「どうも」と言ってお椀におでんを入れた。
寒い部屋で食べるおでんは温かくて、それと一緒に熱燗を飲むと随分気分が良くなった。
豪華では決してないんだけどホッとできる。
公園で寝ていた時、深夜に買った缶コーヒーを思い出した。あの時の僕には百二十円すらもったいなかったけど、その日はちょうど寒くて寝付けなかった。
自販機から出てきた缶コーヒーは温かくて、しばらくそれを手の中で転がしていたのを覚えている。
温かいと安心できて、その日はなんとか眠ることができた。
あの時と一緒だ。こうやって話ながらおでんをつついているとさっきまでの不安が薄らいでいく。
橋爪は自分のお椀をこっちに差し出した。
「田端さん。はんぺんと大根交換しません?」
「……まあ、いいけど」
僕はこんな時なのに呑気だなと思いつつもお腹を満たし、そして酔いも回ってくると三人とも寝袋に入って寝た。
その晩は追われていることも忘れてゆっくりと眠れた。
朝。カーテンの隙間から入る朝陽で目が覚めた僕に石丸さんは静かに告げた。
「では、今から最後の計画を話します」
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