第3話

 記者・大鳥敬吾



 人がどれだけ頑張っても根本的ななにかが変わることはない。

 一月のある日。三十五歳になった僕はいつの間にかそんな風に思いながら日々を生きていた。

 いつからだろうか? 

 若い時はもう少し夢や希望があった気がする。自分にはなにか特別な力があり、世の中を変えられると思っていた。

 それがどこまで本気かはさて起き、心の隅で自分自身を諦めていなかったのは確かだ。

 だから出版社を独立してフリーランスの記者になったし、その道は間違っていないとも信じていた。

 だがその僅かな意地とも呼べる気持ちも今はなりを潜めている。

 いつだ? 僕はいつ希望を失ったんだ?

 毎月のローンに苦しんだ時? それともやりたい仕事ができないと悟った時? はたまたこの歳になって彼女もいないから?

 はっきりとは分からないが、もしかしたらその全てかもしれない。

 ただこれが僕の人生だ。僕が選んだ道なんだ。だから愚痴は言っても弱音は吐かないと決めていた。

 なるようにしかならない。自分ができることには限りがある。

 そう考えながら僕は徹夜明けの眠気をブラックコーヒーで覚ましながら契約している週刊誌に送る予定の記事をチェックしていた。

 テーマはコロナ渦での派遣切りだ。

 大手メーカーの工場に勤める男性数名に取材をし、その過程を書いている。

 突如として契約の終了を言い渡され、寮から追い出された。三十代から五十代の男性がいきなりホームレスになってしまった。

 コロナ渦で仕事は見つからず、生活保護の申請を考えるまでになる。つい半年前まで元気に働いていた男達がだ。

 人ごとじゃない。写真を取りつつ公園で彼らの話を聞いていた僕はそう思った。

 自分だっていつ出版社との契約を切られるか分からない。そうなれば貯金はすぐ底を突くだろう。

 記事に対する反応が薄かったり、ネットの閲覧件数が少なければ容赦なく別の記者に取って代わられる。 

 地味だがみんなが知りたいことを書きたい。その思いで独立したが、やはり自分の書きたい記事は直接売り上げに関係する記事じゃなく、単価はどんどん下げられていった。

 しかし今回のは自信作だ。春頃から取材に明け暮れ、他の仕事の合間を縫って睡眠時間を削り書き上げた。

 僕はこれを読めば原稿料を上げてくれるんじゃないかと少し希望を持って送信した。

 三十分後。寝支度をしていた僕に返信が来た。

 寝たいのを我慢して見てみるとその内容は悪くはないがもう少し派手で面白い記事にしてくれとのことだった。

 僕は改めて悟った。自分の努力は金にはならないんだと。

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