第24話 アーサー視点

なんだかひどく疲れたな。執務室に入ると書類作業に取り掛かる。

黙々と作業していると、ローガンが戻ってきた。



「失礼致します。

アーサー様、ジャクリーン嬢とレイチェル嬢は帰路につかれました。」


「あぁ。ご苦労。そなたも災難だったな。それで? 2人はどんな会話をしていたのだ?」


ローガンから詳細の報告を受ける。

私情を挟まず淡々と語るローガンは、優秀だな。実に分かりやすい。


「なるほどな。期待を裏切らない予想通りの2人だな。意外性があれば、私ももう少し楽しく追い詰めるのだが…面白みもないな。」



「アーサーさま…」



ローガンは相槌に困っていた。


「失礼致します。アーサーさま。ミシェルさまがお見えです。」


侍女が来客を告げた。


「そうか。ミシェル嬢も本日であったか。」


「応接室にお通しいたしますか?」



「いや、ここでいい。執務室に通すように」



「かしこまりました。

ご令嬢を執務室へご案内するなど、なんと申し上げてよいものか…」


ローガンは苦言を呈す。



「ローガン、気にするな。ミシェル嬢は場所など気にするような者じゃない。それに今更ではないか。紅茶の用意を」


「承知致しました」



ローガンは一礼すると、執務室を後にした。


少しの間の後ノックの音が響く。


 

「失礼致します、アーサーさま。

あら、お仕事中ですのね?」


ミシェル嬢は、落ち着いた淡い色合いの装いだった。


美人ではある。


だが、マリーベルには敵わないな。比べるまでもないが。



「あぁ、適当に寛いでくれ」


ミシェル嬢は、慣れた様子でソファーに腰掛ける。


「はぁ、相変わらずですのね。

少しは、私にも取り繕ったらどうなのかしら?

先程の彼女達にしてるように」


「必要ないだろ?

そなたと私では、性格も似すぎている。

腹黒いところとかな。

それに、取り繕ってないのはお互いさまだろ。」


ミシェル嬢は澄ました顔で答える。


「お互い様だなんて。私は、誰に対しても節度をもって接していますわ。アーサーさまと違って。」


「そういう所が腹黒なのだろ。」


「まぁ、ひどい言われようですこと。

どこかの誰かさんのように、マリーベルさまを怖がらせている方よりは、よろしいのではなくて?」


ミシェル嬢は、もの言いたげな目を向ける。


「━━怖がらせるだと?」


「えぇ、偶然王城から帰られる所のマリーベル様をお見かけしたことがありますの。それはもう、ひどく怯えた様子でしたわ。


ふふ。

まさか、好きな方をいじめたくなる……とか、

子供じみた真似をなさってる訳じゃありませんわよね?」


「……」


図星をつかれて言葉に詰まる。


マリーベルが、私を怖がっているだと?


毎回思い当たることばかりで、いつの事かも分からないな。 

はぁ、だがあの怯えた様子も可愛い。


ふるふる震える姿は、庇護欲をかきたてる。


この腕の中に閉じ込めていたい。


あの、潤んだ瞳がたまらない。


泣かせてみたい。 ダメだ! 




「まぁ、図星のようですわね。


失礼を承知で申し上げますが、アーサーさまは国の未来をどうお考えでしょうか?


マリーベルさまは、次期王妃さまには何かと心許ないかと。

 アーサーさまのお気持ちは、存じております。ですが、国の繁栄、安泰を思えばこそ、憂いているのです。」



「いくらそなたでも、聞き捨てならない発言だな。

何を言われようと、私の気持ちは変わらない!」


ミシェル嬢は、紅茶で喉を潤すと、私の顔を見据える。

「では、次期王妃さまの素質はひとまず置いておいて、友人としてアドバイスを。


マリーベルさまのことをお好きなら、素直にありのままのお気持ちを、お伝えしたらよろしいではないですか。」



「そ、それはっ」


「もしかして、こわいのですか?」



「な、何も、怖がってなどいない! マ、マリーベルは、私の婚約者だ」



「婚約者ですわ」


「それは建前であって、婚約者はマリーベル以外考えられない!」


「まぁ、随分と横暴ですのね。

マリーベル様のお気持ちを考えたことはありまして?


果たしてマリーベルさまは、アーサー様と同じお気持ちでしょうか?


まさか、圧力をかけているのではないでしょうね?」


咎めるミシェル嬢に何も言い返せない。



彼女とは、昔からお互い素で話しあえる仲だ。



「マリーベルの気持ちだと? 

マーティン侯爵に軽く根回しはしたことは白状するが、圧力をかけた覚えはない」


「ふふ。 あの侯爵様を味方につけていますのね。 マリーベル様に拒否権はないも同然。

 恋愛結婚よりも、政略結婚が主流ですものね。」


「━━つもりはない」


「なんとおっしゃいまして?」


「愛のない生活は耐えられない!」




「まぁ、ふふふ。でも、一方的な気持ちは、相手を苦しめることにもなりますのよ。

アーサー様は、マリーベル様を苦しめたいのですか?」


 「マリーベルを苦しめるなど、そんなつもりはない! ミシェル、私はどうしたらいい?」


「人の恋愛に介入するものではないのだけど……

マリーベル様のお気持ちを確認しましょう。ご心配いりません。

ふふふ、なんだか面白いから、私がマリーベル様にお尋ねしますわ」


「ミシェル嬢が?」


天使のようなマリーベルが、毒されないだろうか。


「大丈夫ですわ。私にお任せください。


そのかわり、アーサーさまの望む答えでなかった場合も、現実を受け止めてくださいませね?


それと、この事はアーサー様への貸し と致しますので、きちんと返してくださいませね?ふふ」


「…分かった。まぁいいだろう。

マリーベル嬢を、くれぐれもそなたの毒で侵すことのないようにな。」


「毒だなんて。アーサー様ほどではないでしょうに。では、失礼しますわ」


ミシェル嬢は悪戯を考える子供のように楽しそうに帰って行った。

マリーベルの気持ちを、


今まで尋ねたことはなかったな。


聞く必要がなかった。


いずれにしても、手放すつもりはないから。


婚約者を辞退したいなど、本心ではないのだろ?



重圧に耐えれるか心配だからだろう?


大丈夫だ、苦手な社交活動などしなくてもいい!


私が何とかする


ただ、私の側にいてくれたら。


マリーベル、私は、あなたを見ると、どうしてもいじめてしまう


泣かせたくなる


こんな私を、嫌いにならないでくれ!




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