第11話


扉が開く音がしたので、マリーベルは振り向いた。



「マリーベル様、お待たせしました。中へどうぞ。緊張されることはありません。神官長へは、挨拶だけで構いませんよ」



「えぇ。お気遣いありがとうございます」


噛まずに挨拶できるかしら。


マリーベルは、極度に緊張していた。



窓に背を向ける形で設置された机に向かい、神官長は書類作業をしていた。


マリーベルの姿を見ると、思わず手を止めて目を見開いていた。


が、それも束の間のことで、すぐに相合そうごうを崩して立ち上がった。


「いやぁ、これはこれは、マリーベル嬢! ご機嫌うるわしゅう。マーティン侯爵には、この度多大なるご寄付をいただき、大変感謝しております。どうぞよろしくお伝えください。神殿は気に入りましたかな?」


神官長というのだから、高齢で白髭を生やした小柄な方だと勝手に想像していたマリーベルは、予想が外れたことに戸惑う。


恰幅の良い中高年の男性。

柔和な笑みを浮かべているが、目がギラギラしている。


戸惑った原因は他にもある。


指に金色の指輪を嵌めており、偏見かもしれないけれど、俗世と離れた生活をしているようには見えない。


神殿のモットーは、質素倹約ではなかったかしら。


時代と共に、その在り方も変化していっているのね。


自分達は贅沢をしているのに、神殿の者にだけ倹約を押し付けるなど傲慢な考えだ。


ただ、少しだけ、残念に感じたのは事実。


もっと、現実離れした神聖な場所で、禁欲した生活を行い、自己の精神を鍛えられると期待していたのに。


なんでもすぐに頼って、どうかしてもらおうと考えるのは私の悪い癖ね。




「この度は、滞在の許可をいただきましてありがとうございます。マリーベル・マーティンと申します。どうぞ宜しくお願い致します。」


私はゆっくりと淑女の礼をとり挨拶をした。


「━━━女神像に似ている」



「……? ごめんなさい、何かおっしゃいましたかしら?」


「いやいや、なんでもありません。お気になさらず。マリーベル嬢は滞在されるのは初めてでしたな。こちらでは、身の回りの事を自分で行うことが通例です。例外はありません。よろしいですかな」


「はい。心得ております。」




「まぁ、そんなに心配されることはありません。何かあればいつでもお声がけを。ニコライ、あとは頼んだぞ。」



「承知致しました。ではマリーベルさま参りましょう」


「神官長さま、失礼いたします。」


ニコライと共に退室したマリーベルは、緊張の糸が切れほっとする。


「なんだか、とても緊張しましたわ」


「はは。そんなに緊張されることはありませんよ。それでは、お部屋にご案内します。こちらです

マリーベルさま、こちらで生活するにあたって心配なことはありませんか?」


ニコライとマリーベルは、共に廊下を歩き出す。


「心配なことだらけですわ。お恥ずかしながら一人では何もできなくて…」


「女性の神官もおりますので、後ほど部屋に向かわせましょう。」


「ご配慮ありがとうございます。その方に相談させていただきますわ」



階段を降りて、先程とは違う別棟へと歩を進める。

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