第5話 拠点探し
俺は『固定』のスキルを駆使し、周辺で一番高い木の上から周囲の地形を偵察していた。
正直なところ、現実世界ではありえない、百メートルもありそうな高すぎる木に登っていたので恐怖を感じていた。『固定』で靴と服とベルトを木の幹にくっつけていたので一応は安全……なはずだ。だが高くて怖いのはしょうがない。生物的に怖いのは間違っていないはずだ。
ただ、恐怖を感じるのは高さだけではなかった。
木の上で空を飛ぶ魔獣もいなかったので身の安全を確認し、落ち着いたところで溜まったログを見てみると、プレイヤーが6人ほど魔獣にやられて死んでいた。
恐らくセーフティーゾーンの周りで待ち構えていた魔獣にやられてしまったんだろう……
その他にも転落死、現地住民に殺され、プレイヤー同士の戦いもあったようで、二人ほどプレイヤーに殺された……と出ていた。死んだ人間の名前は表示されるが、殺した側の人間の名前は表示されないようだった。
「アーゼさん、やっぱりバトルロワイヤルに参加しないと駄目?」
【それはカタシの自由ですよ。あなたの性格だと黒結晶を壊す方に仲間を募った方が良いかと思いますが】
「やっぱそうだよねぇ……ただ、スキルが弱すぎて、組んでくれる人がいなさそうだよね……良いスキル落ちてないかなぁ……弱すぎる人間は狩られるだけだよなぁ、やっぱ」
俺はナビのアーゼさんとかなり打ち解けていた。気が付いたら名前で呼んでくれるようになった。AIじゃないから人なんだろうなぁ……と思っていたら、魂のような存在で機械とかプログラムではないらしい。不思議な世界なので色々聞きたかったが、そこら中に魔獣の気配を感じ慌てて木の上に来ていたところだ。
俺が拠点となるべく場所を探して周囲を観察していたが、不思議な気配がしたので意識を向ける。遠くの草原に人間がいるのに気が付く。
一人の人間が槍の様な棒状の何かを持って、かなり大きな鹿の様な獣に近づいていた。
(あれはプレイヤー?? 現地人じゃないな……現代的な探検家みたいなベストを着てるし……俺の服と同じか?)
俺はしばらく観察を続ける。隠れてグサッとやるのかな……と思ったら、プレイヤーは槍を投げ……と言うよりほとんど見えなかった。突然投げるモーションをしたかと思ったら鹿とプレイヤーの間に何か線がはしり、鹿が不自然にのけぞると、ぱたりと鹿が倒れた。50メートル以上あったのに……普通槍って弧を描いて飛ぶんじゃないの? 直線だったぞ???
「アーゼさん、あれってスキルだよね??」
【すみません。私からは見えない距離で……目が良いのですね】
「たしかに、乱視治ってるな……ねぇ、50メートル先の的に槍が直線的に突き刺さるって、この世界だと簡単にできるもの?」
【簡単ではないですね。20メートルでしたら当てる人間は沢山いるかと思いますが、距離が離れると難しくなるのは、この世界も同じです】
……だとするとスキルだよなぁ……『投擲』とか、『直進』とか『念動力』か……50メートル先から槍をあの速度で直線的に投げる……それを俺に撃ってきたら……
うん。無理。
あの人から逃げよう。
交渉する余地はあるかもしれないけど、相手に先に発見されたら一瞬で殺されるな。
俺が気がつく前に胸を槍で貫かれるな……外れスキルといっても、最後まで生存したら追加で一千万円ゲットだもんなぁ……
ん? なんだあれ? 恐竜か? なんかバカでかい肉食恐竜みたいのが草原を歩いてる……このエリアの主だろうか……草原を歩いてるライオンみたいだ。草食動物が蜘蛛の子を散らすように逃げてるな。……ん? 槍投げプレイヤーが気が付いて逃げてるな……あれは無理なのか……獲物が勿体ない……
俺は槍投げプレイヤーと、この地の主っぽい恐竜がいる草原エリアはヤバいと思い、後ろの方の海エリアの方を眺める。遠くの方でクジラらしきものが潮を吹ている。砂浜と断崖絶壁……リアス海岸ってやつか? あそこなら隠れられるか??
記憶をたどると、俺より海側に落ちて行ったパラシュートは無かった……って事はあっちは安全か。
よし、海に行こう。
【海の水は飲めませんので注意をしてくださいね】
ありがとう、それくらい知ってます……って知ってるだけで試した事ないんだよな……
俺は木の上から状況を確認し、地表をしばらく移動、木に登って周囲を警戒……といったルーチン的な索敵と移動を繰り返して海岸近くまで移動をした。
移動する際中にも、小型の鬼の様な原始人的な格好をした人間タイプや、牛の3倍ほどもあるイノシシ、どう見ても肉食恐竜で角付きのトラックくらいある大きさの爬虫類、小型のロードランナーみたいな爬虫類……狼の群れなども発見するたびにやり過ごしていた。
嬉しい誤算だったのは、木に登る降りるの繰り返していたら、途中から体が軽く感じてすいすいと登れるようになったので最後の方はかなり楽になっていた。慣れなんだろうか? それとも体が若いからか?
「アーゼさん、あれって家??」
【漁師小屋ではないでしょうか? この世界では漁をするときの拠点として道具置き場などを作る場合があるようです】
「なるほど……人の気配はしないな……探ってみるか……」
俺は周囲を警戒しながら漁師小屋に近づいてみる。足跡が無く、小屋の前のかまども使われた形跡が暫くないみたいだな……
小屋自体は木で作られ、風雨をしのげそうな場所だった。建築レベルもそれなりだな……頑丈そうだ。小屋の中に入ると、網が干された状態になっており、銛などが壁にかけられていた。釣り竿は……残念ながら無かった。鍋……もないな……期待してたけど小屋で料理はしないか……
「これ、持ってっちゃっていいのかな?」
【放棄された場所に思えるので……いいかもしれませんが、カタシの自由ですよ?】
「あ、その、とったら悪行ポイントが加算されるとか、無いよね?」
【? ……なんですかそれは? 無いですよ。無駄に生命を殺してしまうとか、歴史を変えそうな事をしなければ大丈夫です】
「……なるほど、無くは無いのか……」
【……あ】
俺は壁に掛けられた銛を手にする。握り心地の良い、グリップが磨かれた銛だった。網もそれなりの品質に見えるが、太さが若干バラバラで手作り感があるな。……文明は産業革命後ではなく、その前なのが確定したかな?
銛を一つと網を拝借して海へといく。早速漁が出来るか試してみる。
網は……これは投げる奴だよね、重りついてるし、たしかサバイバル生活番組でこうやって投げてたような……岩の上から見える多数の魚影目掛けて投げてみた。あ、うまくいった……網を手繰り寄せると数十匹の魚がぴちぴちと跳ねていた。入れ食い状態ってやつか?
とりあえず魚を網から離していく……面倒だ。網に絡まるんだね魚。
試しに生きたままの魚を四次元ポーチに入れてみるが……入ったな。生命もOKなのか?
【手にもてるサイズの生物なら入れられます。空気が無いので死んでしまうと思いますが】
ありがとうアーゼさん、心の疑問に答えてくれて。俺は食べられそうな魚を取り出し、小さすぎるものやゴミなどは海に捨てて、網を四次元ポーチに入れて小屋へと戻る。
小屋にはまな板として使えそうな板があったのでその上で、見様見真似でサバイバルナイフで魚をさばいていく。大分肉がガタガタだな。記憶にあるものと大分違う。魚は切り身しか使ったことがないから当たり前か。
魚の仕込みを終えると、移動の際中に拾った乾いた木などをかまどにくべて火をつける。うん。ニ回目だと大分慣れるね。
内臓を取っただけの魚を3匹ほど木の枝にくし刺しにして火の近くに突き刺す。確かこうやって焼く……で良いんだよな?
残った魚を全部雑にさばいて四次元収納ポーチに入れる。時間が余りそうだったので魚を焼く間に周囲を探索する。そこら中に獣道があり、この小屋へも道が続いているのを発見する。これをたどればこの小屋を作った人たちと会えるかな? 言葉は通じるのかな?
「アーゼさん、この世界の人と話す事ってできるの?」
【……この世界の標準語、と呼ばれるものは会話できるそうです。その他の種族は学ぶ必要があります】
「翻訳スキルあれば……喋れる?」
【ええ、そうなりますね。知的生物とならば意思疎通できるみたいです】
「それいいなぁ……持って帰れたら翻訳家として生活できるね」
俺は匂いにつられて近づく生物が来ないのを確認すると、焼け始めた魚をほおばる。うまいな……なんておいしさだ……涙が出そうだ。これはここを拠点にするしかないな。
腹が減ってたので3匹程度は簡単に食べ終えてしまった。
野菜や果物もとらないとだなぁ……食べられるやつあるんだろうか?
とりあえず、網と銛は置いてあった場所になるべくそのままの状態で返しておいた。ここの持ち主に怒られるのも嫌だしね。
俺はそれからも『固定』のスキルの検証、魔獣に襲われなさそうな高いところで、木と木の間で支給されたハンモックを『固定』し、ゆったりと寝ころびながらマニュアルを読み返したりしていた。
日も落ちてきたので、漁師小屋の屋根裏に廃材っぽい木の板や太い枝を『固定』し、その上に支給された寝袋を『固定』して寝床を作った。
『固定』はこういう地味な事に使える、大変有意義なスキルだった。戦いには向かないけどほんと便利だ。
若干の不安はあったが、他のプレイヤーは漁師小屋の屋根裏で寝てるとは思うまい……寝ているのを発見されても屋根裏に括り付けられた袋くらいの認識だろう。
俺は全身すっぽりと寝袋に包まれて気持ち良い睡眠をとり始めた……
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