10
「世界のどこを探しても見つからない、まだこの世界にないあなたの絵を自由に描いて。あなたの心の中にある世界を。イメージを。物語を。それを私に見せてほしいんだ」と先生は言った。そうやって先生のお話を聞きながら悩んでいるとある瞬間、ふとわたしの頭の中にイメージが浮かんできた。それはまるで本当に海の中に泡が浮かんでいるような、突然のできごとだった。あ、これかな? とわたしは思った。あとはこの泡をしっかりと割れてしまわないように掴んで、ううん。しっかりと優しく抱きしめてあげればいいんだと思った。わたしはそうやって慎重に体の全部を使ってその泡を抱きしめた。そっと、優しく。割れてしまわないように。つかまえた。とにっこりと笑いながらわたしは言った。わたしの持っているえんぴつはようやくすらすらと動いてくれるようになった。それからわたしは夢中になって絵を描き始めた。わたしは一生懸命に絵を描いた。頑張って、真剣に、絵を描いた。少し汗をかいていたかもしれない。そのときに先生がどんな顔をしたいのかも、わからない。時間は、きっとあっという間に過ぎてしまった。
わたしはただ目の前にある絵にだけに集中していた。やがて、わたしは先生からの「描けたね」と優しい声を聞いて、はっと今まで自分のいた世界まで戻ってくることができた。わたしの目の前には、わたしの描いた絵があった。えんぴつで描いただけの、荒々しい素描の絵。本当にわたしが描いたのかな? と見ていて不思議になる絵。でも、その絵の中にわたしは神さまを見つけた。その絵の中には確かにきらきらと輝く明るい光があった。
わたしが描いた絵は、……、お母さんの絵だった。笑っているお母さんの絵。その絵を描き終えたとき、わたしは、どうしてなんでだろう? 理由はよくわかたないけれど、泣いてしまった。どうしてわたしはこの絵を描いたのだろう? そんなこともよくわからなかった。わたしはわたしの描いたお母さんの絵を、先生と二人で一緒にそこからしばらくの間、じっと見つめていた。先生は泣いているわたしのことを背中からまるで怖いものから守るようにして、優しく抱きしめてくれた。絵を見ている間、わたしはずっと黙っていた。先生も同じようになにもしゃべったりはしなかった。(まるで遠いむかしの思い出を先生と二人で一緒に古い写真でも見るようにして、なつかしいね、と言いながら、思い出しているかのようだった)
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