村人、剣聖を目指す。

@yaminabe4

旅立ち

「本当に、行っちゃうんだね」


服の端を掴む少年に、俺は言い聞かせる。


「大丈夫だ。一生会えなくなるわけじゃない」

「でも、もう村には帰ってこないんでしょ…」


まだ年端もいかない男の子に胸の内を見透かされて、俺は苦笑いを返す。


「…ああ。だが、それは試験に受かったらの話だ。試験に落っこちて一週間で村に帰ってくるって未来もあり得る」

「無理だよ。兄ちゃんは、強いもん」


目先の餌にもつられない。面倒な弟を持ったなと、すこしうれしくなる。


「なあ、レグ。お前、今度いくつになる」

「?…えっと、七歳、かな」

「七歳か。俺が剣を始めたのと同じ年だ」


目に涙を浮かべた少年は、まさしく絶望とも呼べる表情を顔に張り付けていた。だが、兄の言葉を聞いて一筋の光が差す。


「剣を習え、レグ・スタンド。そして、お前も剣聖になるんだ。そうすれば、俺に会える。どうだ?」

「本当?…剣聖ってのになれば、兄ちゃんにまた会えるんだね?」


やれやれ。こいつにとって、剣聖になることよりも俺に会うことの方が大事なようだ。剣聖になるということの意味も、理解するにはこの子はまだ幼すぎる。

これでいいのだろうか、という思いがよぎった。この子の未来を、剣なんかに縛り付けることが、正解なのだろうか。

その不安は、目の前の闘志に燃えた瞳に払拭された。


「ああ。会える。レグ、お前は剣聖になれ」


もう一度そう言って、俺は立ち上がった。今度は、服をつかまれることもない。


「行ってくる。レグ」

「…うん、またね。兄ちゃん」


俺は弟に背を向け歩き出す。

…レグがどんな道を歩もうが、最後は必ず自分の前に立つ。そんな確信に近い予感を彼は持っていた。




それから約五年、レグ・スタンドが住む村に吉報が届く。

『ガイナ・スタンド、第五代目剣聖に就任』


そしてそれからまた三年後、新たな伝説が、旅立ちの時を迎えていた。

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