第6夜⑤

 初めは、自分の気持ちをごまかそうと思った。


 俺が沙那を気にかけるのは、彼女が協力者だからだ。彼女がいなければ紗子の捜索に支障が出るのだから、彼女を優遇することは当然のことであって、そうしているわけではないのだ、と。


「何か不足は無いか? もしも準備が間に合わないなら、今回は承香殿に肩入れして手助けをしてやろうかと思っ……主上が言っていた」

「心配ご無用よ」


 ところが、沙那はなかなか甘やかされてくれない。

 こちらとしては、彼女が誘いに乗りやすいように『紗子の名を冠した承香殿の勝利のために』という建前を用意したというのに『実力で勝てる勝負に贔屓は要らない』ときた。その潔さは後宮では絶えて久しく、眩しく見える一方で『そんなにまっすぐなままでは後宮ここで生きていけないのに』と仄暗い気持ちも湧く。

 沙那はここで生きていく気などさらさら無いのだろう。きっと、左大臣に命じられた通りに出仕して、役目を終えたら実家に帰ればいいと考えている。だから、まっすぐなままでいられる。――そう考えると、彼女を羨ましくも恨めしくも思った。


(沙那に知らせたら、どう思うだろう。『左大臣は、とっくに紗子の命を諦めていて、代わりの駒としてお前を送り込んだんだ。俺の一存で、お前をここから出られなくさせることもできるんだぞ』と言ったら)


 つい思い浮かんでしまった淀んだ想像を振り払うのには、苦労した。

 後宮を出たいと望む者を閉じ込めるなんて、それこそ、娘を道具としか思っていない左大臣の嫌悪すべきふるまいと変わらない。

 自分ならば、もっと真っ当に、沙那に接することができるはずだ、と己に言い聞かせた。


「……何してるんですか、主上」


 香合わせの日にいそいそと身支度をしているところを信重に見られ、呆れた目を向けられたのは、いまだに解せないけれど。

 友人が活躍する場に駆けつけて応援するくらいなら『真っ当に接する』の中に含まれると思ったのに。


「いや、主上がやると不自然ですって。どうしたんですか、後宮での催しに興味を示したことなんてなかったでしょう。そもそも、少し前に、自ら調香をしていたのもおかしすぎます。香なんて、用意されたものをそのままいいかげんに焚くだけのくせに」

「別に、その気分になっただけだ」


 正面から『変だ』と指摘されると、認めるわけにもいかない。

 入れられる探りには、空惚けるか、『何がおかしい』と言い張るか……なんとも不毛な時間だったが、結果として、寛高の用意した香は、沙那の窮地を救ったのだから、良しとしよう。

 いそいそと香合わせの場に駆けつけたことによって、梅壺の女御の哀れな姿を衆目に晒さずに済んだことも良かった。


 だから、これは『良かった』と喜ぶべきことなのだろう。


「――それから、主上にも。『目を逸らすな。全部、あなたのせいよ』と」


 弱りきった少女を腕に抱えた彼女は、見たこともないくらい冷たい目をしていた。

 それを見れば、嫌でも伝わる。

 彼女は本気で怒っている。本気の怒りを『主上』に向けている。

 情に厚く執念深い彼女が、それだけ憎む男のことを許すわけがないじゃないか。仮に、万が一、許してくれたとして――彼女が愛してくれるはずがないのだと、落胆した。

 それを悟った瞬間に、自分の気持ちにようやく気づいた。


(ああ、そうか。俺は、彼女のことを――)


 沙那を愛していることに気づいた。

 けれど、同時に、もう既に、彼女の愛を得る方法を失ってしまっていることにも、気づかされたのだ。

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