第5夜②
「内通者か。だが、どうやって割り出す? 左大臣は、その女房が女御の傍に仕えることを認めたんだ。そのくらいには、左大臣からも信を置かれていて、右大臣派に寝返ることはないと見込まれていた者たちだろう。そう簡単に尻尾を出すとは思えないが」
沙那から『身近な女房に裏切られた』という仮説を知らされた寛高は、端的に『裏切り者を割り出す方法』のみを尋ねてきた。
形ばかりでも『裏切りを知ってさぞ傷ついただろう』と気遣う言葉があってもいいのではないかと思ったが、考えてみれば、寛高自身は日頃から、自身に仕えるはずの臣下、それも直属の蔵人たちすら命令に従わず、公正な職務を期待できないという、たいそう気の毒な身の上である。
もはや悟りきって『身近な者の裏切りが何だというのか。それくらいよくあることだ』という心持ちに至っているのかもしれない。
「それに、右大臣は、梅壺の女御が内裏を出たことで、後宮に介入する口実を失った。右大臣の別の娘を新たに入内させることも、俺が頑として認めない。手出しする方法自体が無いなら、とうとう諦めて大人しくするかもしれない」
「まさか。諦めるわけがないわ」
沙那は彼の言葉をぴしゃりと遮った。
右大臣に『諦める』という選択肢が無いことだけは、確信していた。
寛高は若く、御代が今後も長く続く可能性も高い。さらに次代の帝までも、左大臣の娘が産んだ皇子に決まってしまえば、右大臣家は数十年もの長きにわたって、権力の中枢から締め出されてしまうことになる。
どれほどの権勢を誇った名門だろうと、数十年間、要職から排除されれば、没落は避けられない。ましてや、元が下級貴族だった沙那の父のような者ならともかく、代々の摂政や関白を輩出してきた右大臣家の者が、没落した暮らしに耐えられるわけがない。
右大臣は、自身のためにも、子孫のためにも、ここで打って出ることしか選べないはずだ。
「右大臣は、勝負を少なくとも五分に戻そうとするでしょうね。自分が新たな強い駒を持ち込めないなら、相手の駒を削る一択しかないわ」
「右大臣派がお前に危害を加えるということだな」
「そうかもしれないし、もしかしたら、あなたごと消し去るつもりなのかも」
帝に譲位を迫り、まだ東宮妃の決まらない東宮を帝位に就けて、勝負を振り出しに戻せば、左大臣に勝つことはできなくても、負けることはない。
右大臣にとってみれば、東宮を右大臣派の都合のいい傀儡とすることができるかは未知だとしても、既に激しく敵対している寛高の御代で出世を阻まれるよりは、よほど勝算があると言える。
ただ、この考えが恐ろしいのは、おとなしく譲位する気のない寛高を、右大臣はどうやって譲位させるつもりなのか――『根気強く説得するのではなく、口を利けない死人にしてしまえばいい』という考えが湧きそうなところである。
「……お前が恐れるのももっともだ。あとは、俺が何とかする。お前は里に帰ればいい」
「私が内裏を退がるというの? ご冗談でしょう?」
暗殺の危険から沙那を遠ざけようとする発言を聞いて、沙那は目を見開き、いきり立った。
「今、左大臣派は優位に立っている。どうして、こちらから一歩譲って、五分の勝負にしてやらねばならないの? 私は絶対に退かないわ」
「お前のすぐ傍に仕える女房の中に、右大臣派の内通者がいるのにか? 食べ物や着る物に、いつ、何を仕込まれるかも分からないのに」
「内通者がいるなら、好都合だわ。だって、きっと、よく伝わるでしょう?」
もし、内通者がすぐ近くにいるのなら。沙那の一挙手一投足を観察して、つぶさに右大臣に報告しているはずだ。そうだとすれば、その瞳に、しかと見せつけてやればいい。
「――主上が、女御を寵愛しているってことが、右大臣の耳にまで」
それを聞かされた右大臣は、きっと、平常心ではいられなくなるだろう。
『相手をわざと刺激してぼろを出させる』という好戦的な作戦を聞かされた寛高は、深々と溜息を吐いていた。
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