2 清少納言、学校に乱入する
おいしい朝ごはんのあと、父さんと母さんは平常運転で仕事に戻るようだった。マロは猫なので二度寝するようだが、僕は学校に行かねばならない。僕は中学2年生で、成績はそこそこである。
「清少納言さん、どうしよう」
「まあそこはお父さんに任したまえよ」
父さんはサムズアップを向けてきたが、任せていいのだろうか。しかし任せるしかないので僕は制服に着替えてリュックサックを背負った。
「どこいくの? 先生が来るんじゃないの? 勉強しなきゃ官職に就けないよ」
清少納言は学校というものがよくわからないらしい。大河ドラマではお公家様の子供は家庭教師がついているようだったので、子供が自分から勉強するところに行く、という感覚がよくわからないのだろう。
「令和……明治からあとの子供は学校に行かなきゃいけないんだよ」
「ガッコー。へえー、たいへんだねー。いってらー」
とにかく家を出た。僕の家から学校まではいささか遠い。
道中、小学校からの友達のゴリ山田と出くわした。こいつはちょっと乱暴だがとても絵が上手い。そしてこいつの家ではお惣菜屋さんをやっている。
「なに浮かない顔してんだ?」
「うん、まあ……のんびり話してたら遅刻しちゃうよ」
「……それもそうだな! よし!」
ゴリ山田はにっと笑った。ニキビだらけの顔だ。皮膚科にいけ。
そのまま学校まで歩いていると、西園寺の家が見えてきた。西園寺も小学校からの友達で、西園寺のお家はすさまじいお金持ちだが、この田舎にはお受験する私立中学校がないので同じ中学校に通っている。
とにかくでっかい西園寺の家の、これまた立派な車庫から、スポーツカーがずんずん出てくる。スポーツカーの窓から西園寺が手を振っている。まるっきし皇族の方々のような仕草だ。しかし車が真っ赤なスポーツカーなのでなんとなく違和感がある。
「庶民のみんなは歩いて学校か。大変だね」
西園寺の父親は大企業をいくつも経営しているお金持ちで、このスポーツカーは西園寺の兄が就職祝いに買ってもらったものだ。ゴリ山田がぐいっと車に顔を寄せた。
「乗せてけよ。どうせ座席空いてるんだから」
「はいはい……土足厳禁ね。タビトも乗るかい?」
「いいの? それじゃ失礼して」
というわけで西園寺の兄の運転する真っ赤なスポーツカーに乗り込んだ。
車の中は革張りで、相変わらず趣味のいい芳香剤を使っている。
西園寺はそれなりに優しいやつで、僕やゴリ山田とも仲良くしてくれる。夢はファッションデザイナーなのだそうだ。
西園寺の(兄の)スポーツカーはブイブイ言いながら学校に向かう。道中、政子ちゃんが眠い顔をしながら歩いているのが目に入った。
政子ちゃんは5月に転校してきたクラスのマドンナで、大和撫子といった印象の女の子である。つやつやの黒髪をきれいなお下げにしていて、しかし低血圧気味なのか目をこすりこすりしていた。
「あのさ、僕は歩きでいいから政子ちゃん乗せてあげてよ。なんだかしんどそうだよ」
「おお、タビトがカッコつけてるぞ。そうしてやれ」
ゴリ山田が真っ白い歯を見せて笑う。
「残念だったなタビト。この車は5人乗りだからタビトが降りなくても政子ちゃんも乗れるよ」
西園寺が車の窓を開け、政子ちゃんに声をかけた。
「政子ちゃん、乗ってかない? ……ってタビトが言ってるよ」
「……いいの? その車、西園寺さんのお兄さんの車でしょ?」
「いいよね兄さん」
西園寺は兄に承諾をとり、政子ちゃんが乗ってきた。ほのかにせっけんの香りがする。
「はあ……ねむ……スヤ……」
もう学校まで大した距離もないのに、政子ちゃんはすうすうと眠り込んでしまった。男4人、あぜんとする。
どうやら本気で眠かったらしい。学校に到着したので揺さぶり起こすと、政子ちゃんは「ねむ……さやいんげん……」とぼやきながら起きた。中島らもか。
◇◇◇◇
そういうわけで学校がきょうも始まった。1時間目は英語の授業で、ALTのサラ先生も来ている。サラ先生は端的に言ってハリウッド映画みたいな金髪碧眼のお姉さんだ。
みんなでLとRの発音を頑張っていると、なにやら廊下が騒がしくなった。
「えーっと、これなんて読むのかな……ここかな……うん、おなじ記号だあ」
「ちょ、ちょっと、学校は関係者以外立ち入り禁止なんですけど!?」
「だからー、にねんえーぐみってとこの、ヒノタビトってひとに、届け物をしようと思ってきただけです、怪しいものではありません」
「いや現代社会で十二単着てたらそれですでに怪しい人なんですよ!?」
警備員さんや校務主事さんが止めようとしているのは、間違いなく清少納言であった。手にはアルトリコーダーが握られている。きょうは音楽の授業はないのだが。
「ねえタビトさん、あの人だれ?」
隣の席の政子ちゃんが小声で聞いてきた。
「きょうから僕んちに居候してる清原なぎ子さん……ペンネームは清少納言」
「清少納言!?」
政子ちゃんがうっかり大声を出したので、英語の先生は「はい静かに」と言ったものの、廊下で騒いでいる清少納言にクラスのみんなの集中力が持っていかれてしまっていた。サラ先生は「オゥ、ジャパニーズ・プリンセス! ソー・エレガント!」と嬉しそうにしている。ぜんぜんエレガントでないのだが。
「あっいたいた! タビト! はい笛! 宗介さんから預かったの!」
やはり父さんに任せたのが失敗だったようだ。清少納言は教室にずんずん入ってきて、僕にむりくりリコーダーを握らせた。
そののち僕と清少納言が説教部屋こと第3相談室送りにされたのは言うまでもない。僕は父さんを恨みつつ早引けして帰宅した。
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