第85話 冒険者ネリの限りなきチャレンジ魂

「アラム君、グラッツ君。

 わあ、何かちょっと久しぶりな感じね」

「お、ディケーさん」

「元気そうだな」




 城塞都市デサロで公爵令嬢のエマちゃんの家庭教師代理を請け負った翌日。

 私は一旦、ヴィーナの冒険者ギルドへと戻って来ていた。

 本来ならヴィーナとデサロは馬車で往復すると1週間近くかかる距離なんだけど、私はほら、うちの納屋の扉から一度行った場所なら簡単に行き来が出来ちゃいますので。




「(当然の事ながら、昨日デサロを馬車で発ったナタリア様より早く戻って来ちゃったわね……)」




 まだ途中の補給地点の小さな集落や田舎町の辺りかしら……ナタリア様、実は最後まで帰りも私と一緒に馬車に乗ろうと、





『……総督閣下のお嬢さんの勉強が終わるまで、待っててあげてもいいけど?』





 って言ってくれはしたけど、さすがにそうもいかないので、丁重にそのままお帰り願ったって言うね……。




「今日はネリちゃんは一緒じゃないの?」

「別件の仕事やってるよ」

「荷馬車の護衛任務だったかな。

 もうソロで十分やってける一歩手前さ」




 今日はデサロでの仕事の進捗具合や公爵様との会談の内容をヴィーナの冒険者ギルドと御領主様に報告しに来た訳でして。

 ちなみに御領主様にはさっき報告済みなんだけど、馬車のナタリア様よりも早く戻って来たものだから、さすがに驚いてた(「……まあ、そなたの事だからもう何でもアリだな」って、ちょっと呆れ顔だったわね……)。

 で、最後にギルマスへの報告を終えて帰ろうとしてたら、巨猿王コングロードの襲撃の時に私がヘルプに入った先輩冒険者のアラム君とグラッツ君とバッタリしたのね。

 ホント、会うの久しぶりな気がするわあ。




「ネリもそろそろ昇級クラスアップが近いんだ」

「私も早くディケーさんみたいになりたい、だそうだ」




 昇級! 

 そっか、だからネリちゃん、少しでも多く仕事をこなそうとしてるのね。

 冒険者は依頼を受けて実績を積むと冒険者としてのランクが上がるのと同時に、就いている職業ジョブ階級クラスが上がって、より難しい仕事を任せて貰えるようになったり、お給料も上がってくんだけど……。




「(基本職業から枝分かれした、上級職業を選択して昇級する事が出来るのよね!)」




 剣士だったら「重剣士」「魔剣士」みたいな感じの系統で!

 系統毎に得手不得手があるから選択は慎重に、って昔から言われてるみたい。

 基本的には自分の属している魔力の系統に合った昇級をすると、バトルの最中に突然新たな能力や術式に目覚めたりしやすいのよね。レジェグラのやり込み要素の内の一つね!




「そっかあ。

 じゃあ、ネリちゃんは斥候スカウトだから、やっぱり偵察者レンジャーへの昇級希望なのかしら?」




 なんて、私が何気なく言ってみると。

 2人の反応は、目に見えて冷ややかだった。

 何か、アラム君もグラッツ君も浮かない顔してるわね……?

 そんな風に私が小首を傾げていると、アラム君達が答えて曰く、





「2人とも、どうしたの?」

「いや、それが……ネリの奴……」

「……暗殺者アサシンになりたいそうだ」

「えっ……?」

「その、何と言うか……。

『ディケーさんに近づく奴を一人残らず滅殺したい』とか何とか言い出して……」

「  !?   」





 エェェ……あ、暗殺者!?

 ネリちゃんが!?

 いや、確かに気配を消すのは上手いし、足音も全然しないし、瞬時に相手の急所を見抜いて攻撃したり、暗殺者としての才能の片鱗自体は覗かせていたけれども……!!




「あ、暗殺者って確か……

 闇属性の素養が強くないと希望出来ないんじゃ……?」




 何せ、汚れ仕事が格段に多い職種なのもあって、人よりも魔に近いとか言われてるし……いや実際に誰かを暗殺したりする事はまれで、基本的には忍者みたいな諜報活動がメインの職業のはずなんだけど……。

 ね、ネリちゃんの基本属性って、確か風属性のはずじゃ……?

 前に国境の外の平原で一緒に仕事した時、暴野牛マッドオックス風矢ウインドダートで倒してたわよ!?




「それが最近になって突然、闇属性の素養が発現したみたいでさ……」

「それまで偵察者志望だっのたのをあっさりと暗殺者志望に変えちまったんだ、これが」




 な、なな、なんですってーっ!!!!(CV:近藤玲奈)

 ネリちゃん、どうして急に闇属性に目覚めたりしたの!?

 そりゃまあ私の娘のライアとユティも戦いの最中さなか、それぞれ光属性と風属性、本来の所属とは異なる系統の属性の魔術に目覚めたりした事はあったけど……!




「ギルマスによると

『巨猿王に遭遇した恐怖からの心境の変化が闇属性への目覚めを促したのでは?』って話なんだが……」

「ネリ同様、巨猿王に遭遇したアラムも俺も特に闇属性に目覚めた感じはしないんだ」

「(そ、そう言えばネリちゃん、前に……)」








『私はただ、

 ディケーさんと?』








 って、言ってたわね!

 ……私と仲良くなるためには、私に近づく人達を全員暗殺しちゃえば手っ取り早いよね☆的な考えに行き着いてしまった……ってコト!?

 ……さすがにそれは極端過ぎない!?

 そんな事のために暗殺者に昇級希望するかなあ!?




「(いやでも、ネリちゃんは一度私の"魔女イビルアイ"で魅了しちゃってるし……)」




 魅了は解いたはずなのに、あれ以来ネリちゃんは私に対してグイグイ来るようになったし、性格も何だか大胆不敵な感じに変わっちゃって……えっ、大本を辿れば全部私のせいっぽくない!?





「(わ、私のせいで、一人の女の子の人生がメチャクチャになろうとしている……だと……!)」





 ネリちゃん自身が選んだ道なら私がどうこう言う筋合いは無いんだけど、果たして本当にネリちゃん本来の自我とでも言うべき感情が選択した昇級なのか、ちょっと疑問なのがね……。

 まさかネリちゃんが闇落ちしつつある原因が私にあるだなんて、アラム君もグラッツ君も、そしてお釈迦様でも御存知あるめえ!って感じ!!(唐突な江戸っ子口調)





「あー、その、えっと……。

 ……は、話は変わるけど。

 ディケーさん、今はどんな依頼を受けてるんだ?

 最近ヴィーナじゃ姿を見掛けなかったけど」

「えっ? あ、うん。

 前はブリーチェで依頼を受けてて。

 で、今はデサロでちょっとね」

「ほう。デサロか」




 とうとう場の重苦しい空気に耐えられなくなったのか。

 アラム君がそれとなく話題を別方向に持って行こうとしたので、私もそれに乗っかった。

 安心して、耐えきれなかったのは私も同じだから……。




「……デサロと言えば。

 ディケーさん、現地で仕事してるなら何か耳に入ってないか」

「どういう事?」




 少し小声で、アラム君は話を続ける。

 グラッツ君も揃って、何やら険しい表情をしていた。

 ……ただ事じゃないみたいね。




「(実はな、ディケーさん。

 まだ不確定な情報なんだが……

 デサロの貴族の誰かが帝国の残党と繋がりがある……そんな黒い噂があるんだ)」

「(帝国の残党と……!?)」




 にわかに、終結したはずの戦争の気配が再びーーー。

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