第84話 城塞都市デサロとその公爵家について

「先生。おつとめ御苦労さんでごぜえやす」

「お嬢の勉強、今後ともよく見てやってくだせえまし」

「先生が白い大猿の化け物と戦う動画、拝見いたしやした。

 いやあ、若いのにお強いですなあ……

 しかも、べっぴんさんと来た」

「ミアの姉御の妹弟子さんだそうで……。

 ディケーのあねさんとお呼びしても?」

「あはは……ど、どうも……」





 ややあって。

 公爵令嬢エマちゃんの初日のお勉強を終えた私は、お屋敷を後にしようと玄関に向かって廊下を歩いていたんだけど……。




「(私さあ……。

 さっきはこのお屋敷の事を『プロレス道場』って評したんだけどさあ……)」




 どうも認識が間違ってたみたいでさあ……

 ここ、プロレス道場って言うより……。





「(に、任侠一家……では!?)」





 エマちゃんが何となく男の人が苦手になっちゃう理由が、よーく分かっちゃうわねコレは……!

 お屋敷の中ですれ違う男の人達、皆さん律儀に立ち止まってはいい感じの角度で綺麗にお辞儀してくるんだけど!?




「(いや、礼儀正しいのは素晴らしい事なのよ!?)」




 でもさあ!

 顔や全身に傷持つ、オリンピックの重量上げの選手みたいなイカつい男達がお屋敷の中を闊歩してるのが日常茶飯事じゃあ、そりゃ苦手にもなるってもんでしょうよ!!

 み、皆さん、どう見てもカタギって雰囲気じゃあないわ……。




「(そう言えば公爵様の御先祖様って、

 確か海運業で財を成したって話だけど……)」




 ひと昔前の日本でも港湾絡みの仕事には"その筋の人達"が関わってたなんて話をたまに聞くけど、さすがに21世紀になってからは締め付けが厳しくなって、もう過去の話になっていたとばかり……。

 よ、よもや、異世界でひっそりと勢力を維持していたとは……!

 さすが異世界、虚構フィクション現実リアルを覆すなんて事がフツーに起こり得る訳ね……事実は小説より奇なり!

 そっか、エマちゃんって任侠一家のお嬢様だったワケね……。





「(ミア姉様、何ちゅー人達をパトロンにしちゃったのよ……)」





 いや、むしろ魔女の中でも随一の武闘派のミア姉様的には居心地が良いお屋敷なのかもだけどさあ……わ、私はちょっと苦手かなー、って……。

 さっきのメイドさん、きもが据わってるわね……実は女手が少ない職場のせいで、意外と結構お給金が良かったりするのかしら?




「(ま、まあ、とにもかくにも……。

 家庭教師代理、初日終了っと)」




 エマちゃんの魔術学校での様子や成績も把握出来たし、これから筋道を立てて一ヶ月、長所を伸ばしつつ短所を克服するプランで行きましょうか。

 家庭教師は週2回って約束だから今週もう1回あるし、エマちゃんともう少し雑談を交えながらフィジカル面とメンタル面、双方の強化を図りたい所ね……才能はすごくあるし、頭の良い子だから、何かの切っ掛けで吹っ切れてくれれば将来的には大化けするかもだし……。






「「「「先生、本日はお疲れさんでした!!!!」」」」






 ……という訳で。

 イカつい男達の怒声にも似た挨拶で見送られながら、私はデサロ総督の公爵家を後にしたのだった。






****






「(とりあえず、公爵様のお屋敷の側の建物とうちの納屋の扉を空間接続の術式で繋げておかなきゃ)」




 ヴィーナから馬車で3日もかかるような都市だし、時短で来れるに越した事はないもんね。

 次回からはうちの納屋から即来れるようにしておかないと。




「(はー、それにしてもさすが城塞都市。

 堅牢な作りの城壁があちこちにある……)」




 海からの帝国の攻撃を物ともせずに守り抜いた、難攻不落の公国随一の城塞都市ってだけあるわね。

 眼下の海の色もスカイブルーって感じでメチャクチャ綺麗だし、結構観光客や冒険者、傭兵とかで凄い賑わってて、凄く活気のある都市だわ。

 港町のブロケナとはまた違ったおもむきがあると言うか……。





「(大学の卒業旅行でちょっと奮発して、

 それまでアルバイトで貯めたお金でギリシャのロードス島に行ったけど、

 あそこに比べると町中の建物は灰色成分多めって感じかな……?)」





 あの頃はまだ春くらいまでギリな感じでユーロに対して円高だったからね……懐かしいわあ。

 まあでもロードス島は飛行機で上から眺めた時は凄いカラフルだったけど城塞都市だったのは今は昔、対してデサロは現役バリバリだし、堅牢さを重視してるのかも。

 海から船で見た時、外壁が灰色一色でイカつい方が堅牢そうだし「これは手強いぞ」って精神的な威圧プレッシャーを与えやすいのかも。




「(でもブロケナと違って、路面電車とか機械の類いを全然見掛けない……)」




 帝国の科学技術の導入を嫌っている人達が多いって話だけど……つい何年か前まで自分達の町を攻めてた相手の技術なんて要らない!って人達が、まだそれなりに居るんでしょうね……。

 便利なのになあ……戦勝国であっても敗戦国から接収した技術の恩恵を全ての都市が受け入れるって訳でもないのね。

 と、私が夕暮れに染まりつつあった観光客で賑わうデサロの大通りを歩いていると、





「デサロ名物、暴竜アンギラの尻尾バーガー! 

 暴竜の尻尾バーガー、いかがですかー!!

 今なら夕方のタイムセールで半額だよー!!!」





 その一角の出店に、ついつい目が行ってしまいましてえ……うおっ、何か美味しそうなの売ってますやんか!

 すんごい良い匂いがするー!!

 今日はこの後、南の樹海のエルフの国にライアとユティを迎えに行くだけだし、おみやげとして買っておくのも悪くないわね!




「(家庭教師も初日で少し気疲れしたし、味見も兼ねて買って帰りましょうか)」




 ライアとユティの喜ぶ顔が目に浮かぶわ! 2人ともお肉大好きだもんねー。

 あ、あとサラさんとエレナお嬢様にも買って行こう……2人を数日間預かって貰ったお礼も兼ねて、ね。





「(サラさんにまた"あーん"してあげたいけど……

 今日はもうライア達とうちに帰らなきゃだし、今回は無理かあ……)」





 ……それに関しては、ちょっと残念。

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