第2部-2 公爵令嬢の家庭教師編

第76話 混沌の魔女ミア

「ハッハッハ!

 やあ、ディケー!!

 よもや君の方からボクに連絡を寄越してくれるとは!!!」

「み、ミア姉様、苦しい……」

「おっと、ゴメンよ。

 可愛い妹弟子との久々の再会だったからね!」

「この前、魔女ヴァルプルギスナハトで会ったばかりでしょうに……」




 ブリーチェの町の魔導書グリモワール脱走事件からしばらくした後。

 思うところがあって、私と師匠マスターを同じくする姉弟子の魔女、ミアにコンタクトを取る事にした。

 私がヴィーナの町の冒険者ギルドに所属する際に紹介状を書いてくれた、魔女でありながら凄腕の冒険者でもある、あの"ミア姉様"ね。




「まあまあ。

 ディケーはほっといたら何十年も顔を見せてくれないからねえ。

 会えた時に、愛でるだけ愛でておきたいのさ♪」

「(相変わらず宝塚の男役みたいな人ですやんか……)」




 会うなり、ミア姉様が人目もはばからず、芝居がかった仕草をしながら白昼の町中で抱き締めてくるものだから、私もちょっと驚いてしまう。

 しかも大声で……認識阻害の術式を事前に掛けておかなかったら、周囲の人達に私達が魔女だってバレるところだったわ……。




「(見た目だけなら"おっぱいの付いたイケメン"よね……ミア姉様)」




 人目を惹く整った顔は言わずもがな。

 立ち姿も綺麗だし、褐色の肌も健康的で、背も高くてすらっとしてる反面、出るトコロはちゃんと出てると言うか……危うく、あのおっぱいで窒息するところだったじゃん!

 腰まで伸ばした長い白髪を括った姿の秀麗さといい、口さえ開かなければ耽美たんびな男装の麗人って感じなんだけど……変なトコロで少し残念なのが最高にミア姉様って感じだわー。




「ーーーそれで?

 魔女ウィッチ刻印サインを使わず、

 わざわざカラスを使って私に連絡を取り、

 しかも魔女のお膝元である魔女の塔が傍にあるブロケナを待ち合いの場所に指定したという事は……何か理由があるんじゃないのかな、ディケー?」

「(鋭い……)」




 立ち話も何なので。

 前にライアとユティと一緒にエビサンドを食べた噴水広場、その一角にあるカフェテラスに場所を移した私達は、早速本題に入った。

 




「ーーーイーティルという魔女に会ったの」

「! へえ、"黄衣きごろもの魔女"イーティル。

 その名前、久々に聞いたよ。

 そうか、じゃあ少し前にブリーチェの辺りから漂った邪気の正体は彼女だったワケか」





 ……さすがミア姉様、やっぱり知ってた。

 以前のように考え無しに魔女の刻印を使って我が家にミア姉様を呼んでしまったら、空に浮かぶ刻印を見たイーティルに家の在処を知られてしまう可能性があったため、以前、魔女の夜の開催をカラスが知らせに来たのを思い出し、私もカラスを使ってミア姉様に連絡をした訳ね。

 落ち合う場所をブロケナにしたのは、すぐ傍に魔女の塔があるし、私達の師匠である大魔女グランドウィッチが常に控えているから、イーティルも簡単にはちょっかいが出せないだろうと踏んだからだった。




「ディケー。

 ーーーイーティルと戦ったのかい?」

「……いえ。

 私達に関心を無くして、すぐ立ち去った。

 ……戦っていたら、多分殺されていたわ」

「ま、だろうねえ」




 カランと氷の音を立てて。

 ウエイトレスさんが持ってきたアイスコーヒーをストローで啜りながら、ミア姉様は私へと微苦笑を浮かべる。




「ーーーミア姉様だったら勝てる?」

「どうだろうねえ。

 私もこの数十年で腕を上げたつもりだけど……イーティルが相手となるとね。

 手足の2~3本を失う覚悟で勝負を挑んでも、まあ良くてギリギリ引き分けってトコロかな。

 私は恐らく再起不能で、死ぬまで介護生活になるだろうけど♪」

「……そう」




 私も巨猿王コングロードや炎魔将アグバログと戦った後だから理解わかる。

 ーーーミア姉様は凄まじく強い。

 こうしてカフェでドリンクを飲みながら何気無く会話をしている最中でも臨戦態勢は常に崩していないし、上手く隠してはいるけど、身体から立ち上る魔力の力強さは私達の師匠、大魔女にだって決して劣っていない!

 ディケーと同じく、次期大魔女候補と呼ばれていただけある……ディケーが世界中を旅していた間の数十年、この人は鍛練を欠かさずやってきた、その結果がハッキリと目に見えて現れてる!!

 ……そのミア姉様ですら、手足を失う決死の覚悟で戦いを挑んでも、引き分けに持ち込むのがやっとだと言わしめるなんて。





「(破滅と狂気の魔女、イーティル……まさに怪物ね!)」





 少女の姿をした、規格外の化生けしょう

 自らをスター観劇者オーディエンス、そして演出家ディレクターうそぶく魔女。

 我ながら、とんでもない存在と遭遇しちゃったわ……。

 しかも、





『また何処かでね、ディケーちゃん』





 って、こっちは会いたくないのに、向こうは機会があればまた会うつもりっぽいのが何とも……。




「イーティルは私達の師匠、大魔女テミスと同期の魔女だが……

 スター観測者ゲイザーである魔女の在り方に疑問を持ち、

 観測を放棄した事で異端扱いとなって、

 魔女の塔を何百年も前に除籍されている。

 それこそ、"深淵戦争"よりもずっと前にね」

「"黄衣の女王"という魔導書を持ってたのを見た。

 読んだ後に"黄衣の女王"が自分の所に来たとも」

「知識と力を求めたあまり、禁書に手を出した代償だね。

 結果、彼女は異界より来訪した"黄衣の女王"に取り憑かれ、破滅と狂気を撒き散らす存在となってしまった。

 ……まだ他にも何人か、大魔女と同期の魔女の中にそういう異端者が居るんだ」




 うへえ、まだ居るって言うの……。

 どうしてそんなヤバい魔女達がレジェグラのゲーム本編だと未登場だったの……!?




「(やっぱり誰かに倒されたのかしら……?)」




 少なくとも本来のレジェグラ本編の歴史だと、前回の魔女の夜をサボったのとライアとユティを許可なく弟子にしたせいで、魔女の塔を除籍されてしまったディケーが逆ギレして魔女達を皆殺しにしてるんだけど……私がディケーに転生して




「これまでサボってしまってサーセンでした! 

 弟子もこの通り、ちゃんと育ててますから正式に承認オナシャス!!」




 って謝罪してるから、最悪の事態は免れたのよね。

 ディケーは魔女の塔を除籍されず、ライアとユティも大魔女直々に"魔女見習い"として正式に認めてもらえたし。

 ……ダメだ、ますます分かんない。

 少なくとも実力差的にイーティルをディケーがどうこう出来るとは思えないし、やっぱり大魔女のテミス辺りがイーティルを倒したのかしら……?




「あの、ミア姉様ーーー」




 "私"がディケーに転生している事は上手く隠しつつ、ミア姉様にそれとなく今後の方針を相談してみよう。

 そう思って私が思案を一旦やめて顔を上げると






「うーん。

 このエビサンド、すごく美味しいねえ。

 本当に貰ってもいいのかい?」

「は、はい……。

 当店からのサービスです……♪」

「ありがとう。

 今度から贔屓にさせてもらうよ。

 それと、君のシフトは?

 ……どうせなら、君が居る時に来たいな」

「あっ、あっ、あぁ……!

 ぜ、ぜひ、いらしてくだひゃいぃ……」






 ちょ……!

 真っ昼間からウエイトレスさんをナンパしとる……!!

 しかもウエイトレスさんも全然嫌がってないし、ミア姉様の言うがままシフト教えちゃってる!!

 ……このまま、アフターでお持ち帰りされちゃいそうな勢い!!!

 んもう、全然場の空気を読んでくれないわね、この人は……。




「(だから"混沌の魔女"ミア、なんて呼ばれちゃうのよ……ミア姉様)」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る