第75話 Catch You Catch Me
「セヤケド断章、封印完了。
……これで図書館から逃げ出した
ディケーさん、本当にありがとうございました。
お礼はヴィーナの冒険者ギルドに振り込んでおきますので」
「いいのよ、キャルさん。
私の方こそ、最後は危ない目に合わせちゃって……」
黄昏刻のブリーチェの町で"
大事を取ってキャルさんを一旦うちまで連れて帰り、身体に何の問題もないのを確認してから、朝になって図書館に戻って来たんだけど……。
「お気になさらないでください。
魔導書に襲われる経験なんて滅多にありませんし、
幻の魔導書と呼ばれる『黄衣の女王』にも御目に掛かれました……すごい事ですよ!」
キャルさんは鎖でグルグル巻きにしたセヤケド断章を厳重に保管庫の中に仕舞い込みながら、興奮気味に笑顔でそう応えてくれた。
図書館の方もようやく再開が決まって、地響きの影響が館の内外に出ていないかチェックしている業者の人や、棚から落ちた本を整理し直している職員の人の姿が館内にちらほらあって、にわかに活気を取り戻して慌ただしい。
……でも私の方は、事件は解決したはずなのに、何だか心は穏やかじゃない感じなのよね。
「(キャルさんはああ言ってくれてはいるけど……正直、かなり危ない状況だった……)」
よもや、私がライア達への連絡用に何気無く空に描いた"
『ああ、
……いえ、汚したのは私自身か。
……興が醒めたわ。
また何処かでね、ディケーちゃん』
ーーーあの時。
2匹のバイアクヘーを事も無げに薙ぎ払ったイーティルは、溜め息混じりにそう言い残して、夜の闇に溶け込むように姿を消した。
……居なくなった瞬間、力が抜けて足が膝から崩れ落ちて、一気に汗がドッと滝のように吹き出した感覚は、しばらく忘れられないわ……キャルさんなんて気絶しちゃってたし。
地面に落ちていたセヤケド断章を拾い上げた時の指の震えは、今でも覚えてる。
『この本を読むと破滅するのは本当よ。
狂気に叩き落とされるのもね。
これを読むと実際にやって来るのーーー"黄衣の女王"が。
読んだ者を破滅させるために、異界から』
『……貴女の
『ええ、来たわ。
第二部を読み終えた後、私の所にも"彼女"が来た』
……あの言葉通り。
イーティルは実際に"黄衣の女王"に遭遇したんでしょうね。
本人は「相手が根負けした」なんて言ってたけど……取り憑かれた、の間違いでしょう、どう見ても!
自分の召喚したバイアクヘーごと魔導書が化けたバイアクヘーを粉々に吹き飛ばしたりと、明らかにイーティルの行動は常軌を逸していた!!
「(破滅と狂気に取り憑かれた魔女……!)」
イーティルがレジェグラのゲーム本編には未登場だったのは、あと13年の内に誰かに倒されてしまう、それとも自分から舞台を降りてしまう、という事なのかしら……?
「(出来る事なら、絶対戦いたくない相手ね……)」
魔女としての年季が違いすぎる!
レベル差をこうもハッキリと思い知らされると、本当にグゥの音も出ない……。
ーーー今の私じゃ、まず勝てない。
気分屋な性格じゃなかったら、私もキャルさんも、あの場で殺されていたかも……。
何はともあれ、今後とも注意しないといけない魔女だわ。
****
「ディケーさん。
ディケーさんに出会えたおかげで、
たくさんの貴重な経験が出来ました。
……この数日の出来事は、私の一生の内で最も輝いていた時間だと思います」
「そう? そうかな……?」
「はい!
もう、論文に出来ないのが残念極まりないくらいです!!
もう一人の魔女との遭遇、絶版となったはずの幻の魔導書の現存確認!!!
……どれもこれも、ディケーさんと出会わなかったら、私には一生縁が無かった事ばかりでした」
私は最初「子供の頃に見てたカードキ◯プターさくらみたいで楽しそう!」って年甲斐も無く魔導書狩りが出来るって、はしゃいでたけど……。
いざ実際にやってみると、私の油断からキャルさんが危ない目に合っちゃったし、どんな時でも仕事は仕事なのを忘れちゃダメって事を猛省させられた依頼だったわ……。
『仕事があるなら、まずはそれをきっちりと終わらせなさい。
自分の仕事に最後まで責任を持てない人間なんて、二流以下なんだから』
はい、もう、ナタリア様の
さすがと言うべきか、商家のお嬢様だけあってビジネスの
ただでさえ、キャルさんからしたら図書館での仕事が続けられるかどうかの大事な依頼だったのに……。
……なんて、私が気落ちしたまま保管庫を出た後で。
「あのぅ……。
ひょっとして、ディケーさん……。
私と居ても、そんなに楽しくなかったですか……?
わ、私は楽しかったんですが……」
私に元気が無いのを察したキャルさんが心配そうに。
眼鏡の奥の瞳から上目使いで、私の顔を不安げに覗き込む。
……私が男の人だったら、多分もうこれだけでキャルさんに結婚を申し込んでたかも。
「(……そうよ。
依頼人に心配させちゃダメでしょう、私)」
過ぎたコトをいつまでも悔やんでも仕方ないじゃない。
結果的にキャルさんも私も無事だったんだし。
それを良しとすべきではないの?
「……そんな事ない。
私もキャルさんと一緒に過ごせて楽しかったわ。
私、いつもライアとユティと一緒に山奥に籠ってばかりだったから、歳の近い友達とか居なくて。
……キャルさんとはこれからも、お友達でいたいと思ってる」
だから私も、まずは自分の過ちを認めて。
次の仕事で、同じ失敗を繰り返さないように。
ーーー依頼人とのお別れくらいは、最後まで笑顔で居たいから。
「よ、よかった!
新しい下宿先も昨日見つかりましたし、
私がディケーさんのおうちでお世話になる理由も、もうなくなってしまいましたが……時々、またお邪魔しても、よろしいでしょうか?」
「もちろん。お友達は大歓迎よ。
私から迎えに行くわね」
「……はい。お待ちしています」
キャルさんに手を差し出すと。
ニコリと笑顔で、両手で私の手を包み込むように、そっと返してくれた。
たった数日だったけど、キャルさんとの日々は私にとっても楽しい時間だった。
それは、間違いの無い事。
「あの、それと……」
不意にキャルさんはキョロキョロと辺りを見回して、声を
……内緒話かしら?
それにしてはちょっと顔が紅いわね?
私の疑問を余所に、キャルさんはそのまま少し背伸びをして、私の耳元に手を当てて、そっと囁いた。
「(私が本当にどうしようもなくなった時……の件なのですが)」
ああ、はいはい。
キャルさんがお嫁の貰い手が無かった時の話ね。
うちでシェアハウスして一緒に住もう、
っていう……もちろん覚えてーーー
「(お恥ずかしい話なのですが……。
私、25にもなって、まだ一度も経験がなくて……。
……なので。
………もしもの時は、私の初めて。
……ディケーさんが、貰っていただけませんか?)」
んんんっ!?
「(や、やっぱり、ダメですかね?
私みたいな行き遅れなんて……)」
「そ、そんな事ないわよ!?
貰う、ありがたく私が貰いますから!!!
……あ」
キャルさんがあまりにも大胆な事を言うので、はからずも私は大きな声で返答してしまう。
……案の定、図書館の中で作業をしている職員の人達から「シーッ」と口許に人差し指を立てる仕草で注意されてしまった。
「す、すみませんでした……」
そして、恥ずかしさで
顔を真っ赤にしながらも、私の手をギュッと握って、しばらく離そうとしてくれなかった。
「(……いつか、貰ってくださいね)」
……そのうち、キャルさんの御両親にも挨拶しなきゃいけない日が来るかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます