第73話 黄衣の魔女イーティル

「ディケーさん、そちらに1匹行きました!」

「了解よ!」

「きゃっ!? 

 さ、更に、もう1匹……っ!?」




 魔導書狩りグリモワールハント最終局面クライマックス

 残る最後の1冊、セヤケド断章を追っていた私とキャルさんは夕暮れ色に染まる学術都市ブリーチェの旧市街区を駆け、事件も遂に大詰めって感じ!!




「■■■■ーーーーー!!!!」

「■■、■■■ーーーー!!!!」

「(そこまで素早い訳じゃないけど……まさか分裂して群体化する能力が有ったなんて……!)」




 これまで戦った水神クタクタアトやマコトチャン写本がそうだったように、セヤケド断章もまた本の中に記載されている怪物、バイアクヘーの姿に化身して、町中を時速70キロ程で飛び回ってる!

 ……しかも、何匹にもなって!!




「時間帯が夕暮れ時なのと、あまり人の住んでいない旧市街区なのが幸いね!

 あんなのが何匹も飛び回ってるのを観光客に見られたら大変だわ……!!」

「全てのバイアクヘーを行動不能にした後、群体を指揮している司令塔のバイアクヘーに強烈な一撃を与えれば、元の魔導書に戻るはずです!」

「なるほど、女王蟻のような奴が居る訳ね!」




 バイアクヘー……蟻と言うか爬虫類と言うか蝙蝠コウモリと言うか……見た目は何とも形容しがたいけど、外宇宙から来た怪物っぽい外見なのは確かね!

 クタクタアトとマコトチャンの時に比べると、ディケーの中の魔女の血がいつもより騒いでるのが分かる……魔女はスター観測者ゲイザーであると同時に、星の守護者でもあるのだから!!

 ……星を脅かすような外部からの侵略者に対しては、特にその側面が強くなる!!!





「(邪神の眷属の姿を模してるってコトだけど……今後もこういう奴らが、レジェグラの世界にまた現れないとも限らない!)」




 現に、レジェグラのゲーム本編だとディケーが召喚した邪神も外宇宙から喚ばれたモノだったはず……!

 どうして星の守護者でもあるはずのディケーが、星を脅かす存在の邪神の召喚を?っていう疑問もあるにはあるけど……今は目の前の事態の収拾が最優先!




「(ともかく、邪神関連の怪物は見過ごせない!)」




 例え、姿を模しているだけだとしても、この星に外宇宙からの邪神を呼び込む要因になりかねないから……。




「喰らいなさいっ!

 蜘蛛神アトラック=ナチャランチャー、それっ!!!」

「「 ■■■ーーーー!? 」」

「お見事です、ディケーさん!」




 私の構えた杖の先から高速で射出される2発の蜘蛛の糸玉が、空中を飛び回る2匹のバイアクヘーにそれぞれドンピシャでヒット!

 そのまま建物の壁へとベチャリとへばり付かせ、行動不能にしてやったわ!

 ……ちょっとしたスパ◯ダーマン気分ね。

 魔女の動体視力、侮らない方がいいわよ!




「(ディケーが世界中を旅していた時に手に入れた物の中に、蜘蛛神の糸玉があったのを思い出して良かったー!)」




 先日、キャルさんとブリーチェの町を朝市デートした時に食べた、異様にチーズの伸びるバゲットサンドを食べたのがヒントになったのよね。

 どんなに素早くても、絡め取って動けなくしてしまえば勝機はある!




「かなりの数のバイアクヘーを行動不能にしたはずだけど……

 群れを指揮している女王蟻のような奴は、まだ見当たらない……!」

「恐らく、何処かに潜んでこちらの様子を伺っているはずです……!

 風の邪神の眷属を模しているせいか、

 魔力が一定の場所に留まらなくて、とらえどころが無い感じで、気配が読みにくい……!」




 キャルさんの言う通り、実態の掴めない厄介な奴だと思った。

 私もキャルさんも注意をしながら魔導書の魔力感知を繰り返しているんだけど、セヤケド断章の気配が読みにくてて……このまま長期戦に持ち込まれて、夜の闇に溶け込まれでもしたら不味い! ただでさえ気配が読みにくいのに……!!

 ……何とか日が暮れる前に倒して、回収しないと!

 私とキャルさんの緊張が最高潮に達しようとしていた、まさにそんな折りーーーー






「■■■■■ーーーーー!!!!」






 隠れていた最後のバイアクヘーが、突然石の敷き詰められた地面を割って這い出て来て、







「キャルさん……っ!!!!」

「えっ……!?」







 人間の肉なんて簡単に切り裂けそうな鋭い鉤爪の付いた腕を、奇声をあげながら眼下のキャルさん目掛け、勢いよく振りかざすのが見えた。




「(……油断したッ!!!)」




 ダメっ、間に合わない!!!!

 このままじゃ、私の目の前でキャルさんがーーーー















けろーーーバイアクヘー」















 ……!?

 キャルさんの命が絶たれるーーーそんな私が垣間見た、刹那の未来視を否定するかのように。

 ーーーれは突然、黄昏刻を迎えたブリーチェの町に現れた。





「ば、バイアクヘーが……

 バイアクヘーを……襲ってる……!?」





 見れば。

 キャルさんに襲いかかろうとしていた魔導書の化身のバイアクヘーを遥かに凌ぐ体躯の、もう一匹のバイアクヘーが突如として風に乗って現れて。

 ……その腹に深々と、背後から鉤爪を突き刺していた。





「フゥン……。

 魔女ウィッチ刻印サインが見えたから、こんな片田舎まで来て見れば。

 ーーー面白い見世物ショーをやっているのね」

「だ、誰……!?」





 ーーー人影が見えた。

 2匹のバイアクヘーが修羅場を演じる彼方、沈み往く太陽を背にして、こちらへ音も無く歩み寄って来る。

 ゆらゆらと亡霊のように小さな身体を揺らし、石造りの地面を裸足で歩く、頭から全身まですっぽりと覆うボロ切れを纏った、少女の姿がそこに在った。





「(気配で、私と同じ魔女だって事は分かる。

 ……でも、私はあんな魔女、知らない!)」





 魔女が全員集まるはずの魔女ヴァルプルギスナハトにも、あんな魔女は居なかったはず……!




「(ボロボロの黄色い外套シュラウド……まるで世捨て人!)」




 夜のとばりが間もなく降りようとしていた黄昏刻のブリーチェの町で、私が出会ったのは。










「私はイーティル。

 黄衣きごろもの魔女、イーティル。

 はじめまして……に、なるのかしら。

 ーーーねえ、ディケー?」










 ーーー纏った黄色いボロ布をはためかせ、夕闇迫る町中でも輝く金色こんじきの瞳をした、初めて目にする魔女だった。

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