第53話 あんなのアートブックに載ってなかった
300年前の深淵戦争時、アグバログが落ちていった谷底から立ち上る、赤黒い炎の柱。
エレナお嬢様に取り憑いていたアグバログの怨念が出て行き、谷底の本体と融合して300年ぶりに復活した証だった。
「氏族長様。
今しばらく、この宝剣をお借りしても?」
「無論だ、ディケー殿。
ぜひアグバログとの戦いに役立ててくれ。
300年前を最後に戦で使ってこそいないが、研磨は欠かしていない。
当時と切れ味は寸分変わらぬはず」
「それでは、引き続き使わせていただきます」
エルフの氏族長様から許可も貰えたし、いよいよアグバログとの決戦ね!
この宝剣は魔力の増幅装置としても悪くないし、杖の代わりとしても使えそう。
レジェグラのゲーム本編終盤のバトルでもディケーが使っていただけあって、名品だわ!
それに炎対策用の護符やら火傷のバッドステータス対策やら、準備は万端!
……魔将と言えど、300年前に一度は倒されてる相手、なら今度こそ完全に倒すのみ、ってコトだから!!
「我が国民達が速やかに避難出来るよう、私も時間を稼ぐとしよう」
氏族長様が胸の前で、ドラマや映画の陰陽師のように、小さく印を切る。
すると、
「わっ、水の膜が!?」
途端にザバッと涌き出た水のヴェールによって、エルフの王城から周囲数キロ範囲の森がすっぽりと包まれてしまった。
「(……すごい、魔女にも負けてないわ!)」
さすが、エルフの氏族長を名乗るだけはあるわね!!
こんな大規模な術式を涼しい顔でやってのけるなんて。
「
アグバログの業火の前では児戯に等しいが、無いよりはマシだろう。
私はこれより妻や娘、皆を避難させる。
……ディケー殿、大変心苦しいのだが」
「はい。アグバログは私にお任せください」
寝入ったエレナお嬢様を抱き抱え、氏族長様が申し訳なさそうに私へと頭を下げる。
隣には奥方様やメイドのサラさんも付き添っているし、お嬢様の避難については大丈夫そうね。
「300年前の不始末のツケ、本来ならば私が払うべきなのだが……無関係のそなたに全て頼ってしまい、誠に申し訳ない」
「300年前の戦いでは魔女テミス……私の
ですので、決して無関係ではありません。これは魔女にとっても因縁の戦いであるかと」
「そうか……。
そう言って貰えると、幾分か気が楽になる。
……では頼むぞ、魔女ディケー殿」
そう言って氏族長様はエレナお嬢様を抱き抱え、奥方様と一緒に部屋を後にした。
メイドのサラさんもそれに続いて部屋を出ていく、その刹那に。
「ーーーディケー様。ご武運を」
「ええ。サラも気を付けて。
エレナお嬢様を守ってあげてね」
「……はい。
神明に……そして、貴女に誓って!」
つぶやきと共に。
私を一瞥し、決意を新たにして氏族長様達を追い掛け、サラさんの背中は見えなくなった。
「よーし、
ズ ズ ズ ズ …… !!!!
「コンディションはバッチリ!
そして300年前に一度はアグバログに致命傷を与えたエルフの宝剣!!!」
全てのピースが気持ちいいくらいに揃った感じがするわね!
まさに絶好の討伐
それに、今度こそアグバログを完全に倒してしまわないと、未来にどんな影響が出るか分からない!!!
「(少なくともレジェグラのゲーム本編には、アグバログは一切登場していなかった!)」
深淵戦争についてもゲーム本編でちょろっと触れられる程度の、過去の事件と化していた。
それはつまり、
「(レジェグラ本編の時間軸となる13年後までに、アグバログは誰かによって倒されていた、という事……!)」
もし、それをやったのがゲーム本編のディケーなのだとしたら……今度は、私がそれをやる番ってコトよね。
「(これも、
魔女は
人間や他種族間の紛争に加勢するのは基本NGだけど、星の生態系を乱す外部からの侵略者に対しては、星の守護者としての側面が強くなり、排除権限が与えられる。
かつて、現大魔女の
「(アグバログを放置していたら世界中が焼け野原間違いなしでしょうし、これぞ星の危機ってやつですやんか!)」
さあ、そういう訳で!
「ーーー行くか」
****
私はエレナお嬢様の部屋の窓から飛び出し、
目指すは、300年前にアグバログとの最終決戦の場となった森の向こうの谷底!
瘴気と邪気の渦巻く中心地、赤黒い巨大な火柱!!
「ライア、ユティ、聞こえてる?
エルフの人達と一緒に避難するのよ。
後は母様に任せて」
『わかった!
かーさま、きをつけて!!』
『マム、グッドラック!』
「ええ、良い子で待っててね」
通信用の魔道具で子供達の安否確認も出来たし、そろそろ火柱にも近づきつつあるわね……それでも、まだ距離があるはずなのに、何て熱さ!
「(耐火用の防御結界と護符でガードしてるはずなのに……!)」
あっつ! は、肌が焼けるっ!!
日本の夏なんてメじゃない熱さ!!
ちょっとしたサウナだと思えばいいかもだけど、これは長期戦になると周囲の空気も燃やされて酸欠になるかもだわ……!!
「(氏族長様が張った水のヴェールも所々が破れかかってる……!)」
谷底周辺は岩も地面も木々も真っ黒焦げだし、炎の竜巻が幾つも渦巻いてるし、風に乗って火の粉やら灰やらが大量に飛んで来るし、もうさながら灼熱地獄!
エルフの樹海を、自身が支配していた異界、灼熱の地ツアトと同じような環境下に作り替えようって魂胆ね……!!
「(これが炎魔将の力……!)」
あの火柱……炎の色が赤って事は、少なくとも1500~1700度くらいはあるのかしら?
某宇宙恐竜みたいに1兆度の火球を吐くとかなら完全に詰みだけど、まだ私でも対処出来る範囲内……だと思う!!
……そう、私が空中に留まりながら、敵の様子を目視でくまなく観察していた矢先。
『エルフ共……ソシテ、魔女ヨ!
今度コソ皆殺シダ……300年前ノヨウニハイカンゾ!!
何モカモ焼キ尽クシテヤル、森ト共二灰ト化スガイイ……!!!』
身の毛もよだつような、地の底から響くような声がした。
これから戦う気満々だった私も一瞬戦意を喪失しそうになる程の、怒気と怖気を孕んだ
……予め対策をしてなかったら、今ので間違いなく
「爆風が来る……!
っ、
やがて。
大気を震わす咆哮の後に。
爆風と共に赤黒い火柱が消え、アグバログがその巨体を谷底から300年ぶりに現した時。
……私は信じ難い物を見た。
「……待って。
……いや、ホントに待って。
……違う。私は、あんなの知らない!」
何度も何度も、手垢がつく程に読み返したはずなのに。
私の眼下、焼け焦げた谷底に佇む巨躯の持ち主は。
「(……あんなの、アートブックに載ってなかった!!!)」
ーーー私の
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