第52話 私に優しい嘘ばかり吐く
「南の樹海地域にて高濃度の魔力値を検出!
特A級もしくはS級有害召喚獣が出現した可能性あり!!
越境して活動中の冒険者は厳重注意されたし!!!
繰り返します、南の樹海地域にてーーー」
……前代未聞の事態が起きました。
成人後、冒険者ギルドに就職してから3年が経ちますが、こんな事は一生に一度あるかないかだと思います。
つい先程、ヴィーナから南に位置するエルフ族の住まう南の樹海地域から、高濃度魔力反応が検出されました。
帝国軍との戦争中、敵の
その中でも、特に危険な有害召喚獣を監視するため、定点ドローンを国境を越えない範囲でヴィーナ周辺に設置して常にモニタリングしているのですが……そのドローンのうちの一つが、南の樹海地域の方角から異常な反応を検知したのです。
「アグバログって、エルフに倒されたんじゃなかったのか!?」
「何しろ300年も前の話だからな……。
甦ったんだとしたら、倒し損ねてたって事なんじゃないか?」
「ヴィーナと南の樹海はそれなりに離れてるとは言え、それでも数日あれば来れる距離だ……これは、マズイかもな」
ギルド内はにわかに慌ただしくなり始め、万一に備えて戦支度の準備の真っ最中。
……それもそのはず、南の樹海地域と言えば、300年前の深淵戦争で異界から私達の世界に攻め込んで来た魔将の一人、炎魔将アグバログとエルフ族の決戦の地。
死闘の末にアグバログは総力を結集したエルフ達によって倒されたと聞きますがーーーあろう事か、今しがた検出された魔力値のマーカーは、300年前に検出された物と同一の物である事を示していました。
「本当に、あのアグバログなのか。
300年前にエルフが倒したはずだろうに」
「はい、ギルドマスター。
深淵戦争時に観測された魔力値のドキュメントと、今回観測された魔力値のマーカー反応が完全に一致しています。
……信じがたい事ですが、炎魔将アグバログと同一個体が出現したものと考えて良いかと」
ギルドマスターも重苦しいギルド内の雰囲気からか、焦りを隠せない御様子でした。
……勿論、私も。
子供の頃から物語が大好きだった私も、アグバログの恐ろしさは知っています。
エルフに対して激しい憎悪を燃やす、灼熱地獄ツアトの支配者にして、異界を統べる魔将の一人。
300年前に南の樹海に攻め入った際にはあらゆる物を焼き尽くし、アグバログが通った後は、大地は焦土と化していたとか……。
その恐ろしさは、有害召喚獣など比ではないでしょう。
「(どうしてそんな存在が、今になって……!?)」
心の底から震えが来ました。
ずっと続くと思っていた日常が、突然音を立てて崩れ始めた……そんな気分でした。
エルフ達が多大な犠牲を払ってアグバログを倒していなかったら、今頃はこのヴィーナの町も存在していなかったかもしれません。
……もし、本当にアグバログが復活したとしたら、今度こそヴィーナの町も焼き払われてしまうかも!
「……ベル、急ぎ御領主に連絡を。
ヴィーナ自治領を通して、公国軍に緊急出動を要請するようにお願いするのだ。
ヴィーナ周辺の各都市に駐屯している公国軍の南部方面部隊にも通達を急げ」
「はい!」
「樹海地域周辺で越境して活動中の、ウチのギルドの所属冒険者は誰か居るか?
居るなら至急、帰投させるんだ。
……個人が戦って、到底勝てる相手ではない」
「ええと、お待ちを……えっ!?」
今現在、ヴィーナのギルドに提出された越境許可申請の中で、南の樹海地域方面への越境を願い出ていた冒険者は一人しか居ませんでした。
……その登録者名を見た時、私は心臓が凍る思いがしました。
「どうした?」
「……ディケーさんが3日前に、樹海地域へ向けて越境した記録がありました」
「何だと!?」
……ギルドマスターも驚いておられましたが、私の驚きはそれ以上でした。
「(ディケーさん……どうしてそんな場所に……!?)」
……そう言えば1ヶ月くらい前、メイド姿のエルフの女性がうちのギルドを突然訪ねて来た事があった。
エルフを見たのは初めてだったので、よく覚えている。
その時、応対に困っていた私を助けるように話に割って入ったのがディケーさんだった。
『この人と何かあったの?』
『こ、こちらの方がですね……。
少々特殊な御依頼と言うか、専門的な知識を持つ方を探しておられるそうで……』
『……本来であれば、一族でも随一の強い魔力を持ってお生まれになるはずだったのに、何故か一切の魔術の才に恵まれない御体でお生まれになってしまった、さる高貴な方を治療していだきたく。
……国境を越え、こちらまで参った次第です』
『で、ですから!
うちは冒険者ギルドでして!
そ、そういうのは、それこそ、お医者様にですね……』
『医者も聖者も匙を投げたから、此処に来たのです』
『うっ……』
『実際にその方に会ってみないと断言出来ないんだけど……。
それって、もしかして……呪いの類いじゃないかしら?』
『……!
そ、そうです、まさしく!!
私の言の葉の端から、すぐさま呪いと見抜かれるとは!!
……ハッ!
もしや、高名な
そうだわ……確か、呪いがどうのこうの、って。
そのままディケーさんが引き継ぐ形で応接室に入って行ったので、話の詳しい内容は私には分からない。
でも、当然の事ながら、エルフなら南の樹海地域から来たはず。
そして今、ディケーさんはきっと、そこに居る。
……まだそんなに長い付き合いじゃないけど、私の勘が全力で、そう告げていた。
「……ディケーさんの、嘘つき」
ギルドマスターが執務室に戻った後。
誰にも聞こえないような消え入るような声で、私はディケーさんへの怨み節を呟いた。
あの
……私が何度も、心臓によくない事、しないでって言っても。
『これからは……。
ベルちゃんに心配、かけないようにするわね』
ディケーさん。
貴女は。
聖女様みたいな、優しい声と
ーーー平気で、私に優しい嘘ばかり吐く。
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