第51話 魔将退散!

「ディケー様!

 司祭様にお願いして、借りて参りました!

 ……どうぞ、こちらを!!」

「ナイスタイミングよ、サラさん!」




 前フリもなくて申し訳ないけど、事態は最初から最終局面クライマックス

 まさに風雲急を告げる展開ってヤツね!

 300年前、エルフの住まう南の樹海地域に攻め入った異界よりの使者、炎魔将アグバログ!!

 そのアグバログに生まれた時から呪われてしまい、一切の魔術を封じられたエルフのお嬢様、エレナさんを救うため、私はついに解呪を実行した!!!




「ほら、これに見覚えはないかしら!?」

「ナッ!? ソ、ソノ剣ハ……!!!」




 ブーツのかかとをかき鳴らし、お嬢様の部屋に飛び込んで来たメイドのサラさんより、私に手渡された物。

 それはーーーー




「覚えているようね!

 300年前の戦いで貴方の喉を貫いた、エルフに伝わる緋緋色金ヒヒイロカネで鍛えられた宝剣よ!!」

「ヤ、ヤメロ……!

 ソレヲ、チッ、近ヅケルナ……!!」




 おっしゃー、効いてるわ!

 宝剣の刀身から立ち上る虹色のオーラの輝きを見て、エレナお嬢様……いえ、エレナお嬢様に取り憑いたアグバログの怨念が明らかに動揺して、顔色を変えた!!




「邪気退散!! 

 ……いいえ、魔将退散かしら!?

 とっととエレナお嬢様から出て行きなさい!!!」

「ヌウゥッ! オ、オノレェ……!!!」

 



 これぞ所謂いわゆる、"光射す世界に、汝ら闇黒、棲まう場所なし!"ってヤツね!

 日本でも生まれたばかりの子供や花嫁に短刀を送る「守り刀」や、武士が枕元に刀を置いて邪気を払う「枕刀」の習慣があるけど、レジェグラの世界でもちゃんと通用したわ!!

 宝剣の刀身から放たれる輝きに、アグバログは確実に参ってる!!!




「(事前にサラさんに頼んどいて良かった!)」




 昨日、ライアとユティから「エルフに伝わる宝剣・炎魔将殺しアグバログスレイヤー」を祭壇で見たという話を昼食の時に聞いた私は、後で実物を目にして、即座にピンと来た。

 古今東西、怪物の類いって「◯◯じゃないと倒せない」とか「古傷の◯◯を攻撃されるのに弱い」みたいな伝承が残ってる奴が多いんだけど、アグバログもそのパターンで、この剣じゃないと倒せないんじゃないの?って。

 それにサラさんも、






『……確かにエレナお嬢様は、幼い頃より祭壇に近づくのを恐れているようにお見受けしました。

 いつも氏族長様や奥方様の後ろに隠れて、奉納されている宝剣が視界に入るのを嫌がっていたような……そんな御様子だったと思います。

 ……てっきり、刃物を怖がっているとばかり』

『うちの子達みたいに「キラキラしていて綺麗!」って様子じゃなかった訳ね。

 ……アグバログに取り憑かれた事で、本能的に緋緋色金の輝きを恐れているんだわ。

 お嬢様をアグバログから解放する鍵になるかもしれない。

 ……サラ。

 解呪の直前、司祭様にお願いして宝剣を借り受ける事は出来そう?』

『事情が事情ですし、お嬢様付きのメイドであるわたくしからお願いすれば何とか』

『なら、サラ……頼めるかしら?』

『はい、ディケー様!

 お嬢様のためにも、何としてでも……!!』






 って、言ってたし!




「(それに、この剣……私も見覚えがあった!)」




 レジェグラのゲーム本編にも色々な伝説の武具は登場したけど、緋緋色金という名前の鉱物で鍛えられたなんて設定の武器は、何十周とプレイしたのに見た事がなかった。

 ……少なくとも、主人公が手に入れられる武器一覧のアイテムリストの中には!

 最初はバグか裏技を駆使しないと手に入らない隠し武器の類いかと思ったけど……今、実際に手にして確信が持てたわ!!




「(この剣! ゲーム終盤の対ディケー戦で、ディケーが魔女ウイッチ工房インベントリから取り出して使ってた剣の内の1本だわ!!!)」




 どういう経緯かは分からないけど(大体想像は付くけど、あまり考えたくない)、レジェグラのゲーム本編の終盤のバトルで、ディケーもこの炎魔将殺しを使ってた!

 攻撃モーションの時に一瞬しか振らないけど、この虹色の刀身の煌めきは見間違えるはずがない!!




「(それに、素晴らしい技術で創られてる……!)」




 私も一時期、刀剣がモチーフのゲームにハマっていた時期があって、リア友と一緒に博物館やらの展示会で国宝や重要文化財の日本刀を見学した事が何度かありましてね……この宝剣も、それらに勝るとも劣らないって感じ!

 製法の異なる日本刀とエルフの諸刃剣を一概に比較しちゃいけないんでしょうけど……でも、素晴らしい業物わざものと見たわ!

 失われた技術ロストテクノロジーの遺産ってヤツかもしれない!!





「このっ、160年間も女の子から養分を吸い取り続けたヒモ野郎!

 アンタに魔力を吸われ続けた事で、エレナお嬢様がどれだけ周囲から偏見の目で見られ、傷ついたか!!

 ……アンタみたいな女の子を利用して自分だけ良い思いをしようとする奴が、私は一番許せないのよ!!!」





 同じく、娘を持つ親として。

 怒りと魔力を込めて宝剣を強く握り締め、お嬢様に取り憑いたアグバログへと切っ先を向けると、刀身は更に輝きを増し、まるで部屋の中に太陽が現れたかのような、そんな様相となった。





「(私の"祝福の呪い"を、この剣に込める!)」





 呪いには呪いをぶつけんだよ!ってヤツね!!

 ……ただし、私の呪いは超ハッピーよ!

 祝福あれ、祝福あれ、祝福あれ!!!

 ……さっさと、出て行けッ!!!!




「クッ、魔女メ……!!

 アト何十年カハ、コノ娘カラ魔力ヲ吸イ取リタカッタガ……ココマデカ……ッ!」

「(よし、出たッ!)」

「ううっ……」




 それまで年頃の女の子とは思えない憤怒の形相を浮かべて、禍々しい怒気を放っていたエレナお嬢様。

 それが、身体から黒いもやが蒸気のように吹き出た途端、糸の切れた人形のようにベッドへと倒れ込んでしまった。

 ……やった!

 ついにエレナお嬢様を、アグバログの怨念から解き放つ事が出来た!!

 ……でもまだ、警戒は緩めないわよ!






「コウナレバ……マダ少シ早イガ……!

 待ッテオレヨ、貴様ラ!!

 300年前ノヨウニ、全テ焼キ尽クシテクレルワ!!!」






 アグバログの怨念の黒い靄はそう捨て台詞を吐き、窓の外から一目散に逃げ出してしまった。

 ……まあ、行き先は分かってるけどね!

 300年前の決戦の地となった、古戦場跡の谷底の本体に戻って、いよいよ復活するつもりなんだわ!!



「おお、エレナ……!」

「エレナ、しっかりして!!」

「お嬢様!」



 すぐさま倒れ込んだエレナお嬢様の下へ、私の後ろで解呪の経緯を見守っていた氏族長様達が駆け寄り、回復の魔術で治癒し、介抱する。

 ここ数日ずっと高熱が出て苦しんでいたみたいだし、体力も落ちてるでしょう。

 ……アグバログが身体から出て行ったとしても、まだ少し安静にしておく必要有りだわ。



「エレナお嬢様。

 どうぞ、これを握っていて」



 胸を大きく上下させて荒い呼吸を繰り返すエレナお嬢様の手を取り、私はある物をその小さな掌に乗せ、そっと握らせた。



「ま、まじょ、さま……これ、は……?」

「夜空の星の息吹を封じた、隕鉄ミーティアライトで精製した御守りタリスマン

 邪悪な不浄のけがれを身体から少しずつ消し去ってくれるはずよ」



 こんな事もあろうかと、エルフの国に来る前に色々と魔除けやら対呪い用の魔道具を新しく合成しておいた甲斐があったわね! ディケーの家って大抵の魔道具に作成に必要な素材は揃ってるから。




「お嬢様。

 これで貴女の身体は本来通り、魔術が使える状態に戻ったはずです。

 ……でも160年間ずっとアグバログが憑いていたせいで、まだ体内に不浄の汚れが残っているとも考えられます。

 まずは汚れを完全に取り除いて、その後でゆっくりと魔術の鍛練をされると良いでしょう」

「は、はい……。

 あり、がとう、ございま、す……。

 まじょさまの、おこえ、ずっと……とどいて、おりました……。

 しゅくふくあれ、と……なんども……。

 だから、わたし……がんばれ、ました……」



 すぐにも御守りの効果が発揮され、荒い呼吸をしていたエレナお嬢様は、徐々に落ち着きを取り戻してゆく。

 ……よし、効き目はバッチリね!



「今はゆっくり休んで。

 ……悪い夢は、もう終わったの」

「はい……」



 魔将が出て行った事で安堵したのか、お嬢様はそのまま目蓋を閉じて、安心したかのように眠りに着いてしまった。

 うん、いい寝顔してる。

 ……それに治療師の人達の治癒魔術で熱も引き始めたみたいね、まずはひと安心ってところかしら。






****






「ディケー殿、本当によくやってくれた。

 氏族を代表して、礼を言わせてくれ。

 ……エレナの父として、これ程に嬉しい事はない」

「もっと早く貴女を頼るべきでした。

 エレナに何かあってはと思い、解呪を一度は躊躇ためらったせいで、この子の苦しみを長引かせてしまうなんて……ううっ」

「私にも子供がおりますので、氏族長様と奥方様の気持ちは痛い程に分かります。

 ……同じ立場であれば、恐らく私も躊躇っていたでしょう」




 ーーー結論から言うと。

 アグバログがエレナお嬢様に行っていたのは、吸魔エナジードレインの呪いの類いだと私は結論付けた。

 生まれた時からお嬢様に取り憑いて魔力を吸い上げ、森の向こうの谷底に落ちたアグバログの本体へと供給、復活のためのエネルギーに使っていた訳ね。

 160年間、ずーっと。

 だからエレナお嬢様は魔術が生まれつき使えなかったのよ。



「(日本で例えるなら……電気窃盗罪とか?)」



 アパートの共用コンセントを使って自宅に電気を引いた人が捕まったって、前にニュースで見た事あるわ。

 ……後、アグバログの怨念が本体を離れてエレナお嬢様にピンポイントで取り憑いてた件についても、




「(日本にも九州や四国に犬神憑きや狐憑きの伝承があると言うけど、そういうのに近い呪いだったのかも……)」




 動物霊とされてるモノが人や家に憑いて、福や災いをもたらす系のヤツね。

 アグバログは間違いなく後者だけど!

 ……自分に致命傷を与えた氏族長様の娘に憑く事で、仕返ししてやろうと思ったんじゃないかな、きっと。




「いや、ディケー殿。

 元はと言えば300年前のいくさで、奴にトドメを刺し損なった私の落ち度だ。

 アグバログが谷底に落ちたのを見て、死んだとばかり思っていた……ちゃんと確認し、きちんと倒しておけば、エレナが苦しむ事もなかったのだ……」

「……もう過ぎてしまった事ですから。

 それに、こうしてエレナお嬢様もアグバログから解放された事ですし。

 これからは側に居てあげてください、奥方様と一緒に」

「そうだな。そうしよう……」



 私に頭を下げ、氏族長様はエレナお嬢様の頭を奥方様と一緒に何度も撫でながら、微笑を浮かべて泣いていた。

 ……これで氏族長様も心労が取り除かれて、生活に疲れたオジサンから、元のイケオジエルフに戻る事でしょう。




「ディケー様」

「サラさん」




 なんて、私が水戸黄門のように「良かったねえ……」と160年ぶりの団欒だんらんを取り戻した氏族長の御一家を眺めていると。

 メイドのサラさんが私の手を取り、初めて会った時のように。

 強く、包み込むようにして、泣きながら言うのだった。




「本当に、本当にありがとうございました。

 お嬢様をお救い頂けた事、私は生涯忘れません。

 あの日、ヴィーナの冒険者ギルドで貴女とお会いしていなかったらと思うと……っ、うぅ!」

「さ、サラさん、泣かないで……無理か!」




 ……サラさんも長年エレナお嬢様が魔術が使えない事に苦しんで来たのを間近で見てきたし、辛いものがあったのよね。

 御両親に付き添われて介抱されているエレナお嬢様の姿を見て、涙が止まらない様子だった。




「(たくさん泣いたら、また笑顔を見せて。

 ……私は、サラには笑っていてほしいから)」

「っ……はい。ディケー様」




 青い瞳から大粒の涙をこぼして泣きじゃくるサラさんのとがった耳元で、優しく呼び捨てにしながら囁いてあげると。

 ひとしきり泣いたサラさんは顔を上げ、両目の涙を指で拭い、やや上目使いで、私に向けて笑顔を浮かべてくれた。





「(私を泣かせるのも、笑顔にさせるのも……

 お嬢様以外では、後にも先にも、ディケー様だけです)」





 ……んんっ!?

 そ、それって……!?

 また何か意味深なコト言われちゃってない!?

 ま、まあでも、これにて一件落着ーーーーー





「……ディケー様! あれを!!!」





 ……って訳にはいかないか、やっぱ!

 サラさんの叫んだ方向に目をやると、窓の外の遥か森の向こうから、赤黒い炎の柱が天を貫かんばかりに燃え盛っているのが見えた。

 一帯の空は黒雲に包まれ、邪悪な瘴気が周囲に漂い始めてる……!




「……氏族長様。

 すぐに城から皆さんを避難させてください」

「ディケー殿……まさかアレは……!?」

「……アグバログの本体が、此処ここに来ます」




 これで終わりじゃない。

 ……始まるのよ。

 ーーー300年前の、深淵戦争の続きが!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る