第22話 幻術解除《イリュージョンリリース》

「ーーーとまあ、こんな感じで行こうかと思ってるの。

 勿論、サラさんが納得出来ないなら、私も無理にはやろうとは思わない。

 私自身にもかなりリスクがあるし、私だって命は惜しいから」

「……」



 公国の国境を越えた先の、南の樹海に住まうエルフのお嬢様にかけられた呪いの解呪を巡り、私達の交渉は続く。

 解呪師カースキャンセラーを探すため、はるばるヴィーナの町までやって来たメイドのサラさんと私が出会ったのも、何かの縁だろう。

 かなりやっつけではあるけど、私もディケーの家にあった書物で得た呪いに関する知識を総動員し、解呪方法についての話し合いを続けていた。



「……ディケー様のお話は分かりました。

 ……しかしながら、わたくしの一存で決める事の出来る問題では、到底ありません」

「そうね。

 お嬢様本人と、その御両親の了解が必要不可欠だわ」



 生まれた時から160年も呪いに苦しんでる人に、更に呪いをかけようってんだから、私が親の立場でも絶対怒るわね……しかも、何処の馬の骨とも分からない冒険者の女がそんな事を突然言って来たら、ね……。



「まずはお嬢様と御両親に納得して貰わなきゃ。

 サラさんからお話して貰えるかしら?

 それで御納得いただけなかったら、まあ……このお話はなかったって、事で」

「承知いたしました。

 ただちに南の樹海に戻り、お嬢様と氏族長の御両親に此度の件、御相談したいと思います」



 ふう、とりあえず交渉は纏まりそうね。

 もし実際に依頼を受託された時に備えて、対呪いの魔道具とかも今のうちに揃えておいた方がいいかな……なんて、私が冷めかけのコーヒーを手に取って喉に流し込んでいると。



「ーーーですが」



 うん? ですが?



「差し出がましい事とは思いますが、無礼を承知で一つ。

 ……私個人の疑念について、お伺いしてもよろしいでしょうか」

「えっと、他に何か聞きたい事でも?」



 まだ何かお嬢様の解呪について話してない事、あったかしら?






「ディケー様。

 ーーーー貴女は、一体何者ですか」






 ……えっ?





「人並み外れた呪いの知識からして、まず普通の冒険者とは思えません。

 かと言って解呪師という訳でもない。

 なのに、お嬢様にかけられた呪いを対消滅させるため、同等クラスの強力な呪いを更にお嬢様にかける? 貴女が?

 ……それに先程、ディケー様は受付嬢にこう言っていました。

『今、巨猪ジャイアントボアの駆除から戻ったわ』と。

 ……我らが住まう南の樹海にも時折現れますが、腕利きのエルフのハンター数人がかりで仕留めねばならぬ程に巨大で狂暴な魔物です。

 それを、冒険者ギルドに所属したばかりの新人冒険者が、御一人で駆除したと?

 ……正直申し上げまして、私は先程から頭がどうにかなりそうです」



 うっ、ごもっともな疑問のオンパレード!

 どれもこれも、ちょっと言い訳を用意しようとすると苦しい感じのばかりだわ……。



「ええっと……そ、それはぁ……」

「(じーっ)」



 うっ、見られてる……。

 疑いの目でムッチャ見られてる……!

 私が「小説家になっちゃおう」で連載されてる小説の主人公だったら、ここでさわやかに「あれ、私また何かやっちゃいました?」とか言って場の空気をなごませちゃうんでしょうけど……そうも言ってられない重苦しい雰囲気!



「貴女のような得体の知れない方は初めてです。

 お嬢様にかけられた呪いの解呪について乗り気であるのは大変ありがたいのですが、私もやんごとなき氏族の方々にお仕えする身。

 得体の知れない方を我らの住まいに招く事は承知しかねます」

「(デスヨネー!)」



 しまった……。

 ちょっと色々と思慮不足だったか……。

 まあ次から次に「この方法はどう? こんな方法もあるよ、これとか効きそうじゃない?」とか言っちゃって、好きな事に対して早口になっちゃうオタクじゃないんだから、もっと自重すれば良かった!

 でももう、ここまで来たら後には引けないし……ええい、もうこうなったら仕方ない!




「ーーーそうね。

 私はサラさんに隠し事をしているわ。

 ここの冒険者ギルドの人達にも、だけど」

「それは、どういうーーー」

幻術解除イリュージョンリリース





ズ ズ ズ …… !!!





「……!?」



 サラさんの追求に根負けした私は、自身にかけていた幻術の術式を解除し、本来の姿に戻った。

 シニヨンで纏めていた長い黒髪はほどけ、レディーススーツの代わりに黒いローブを纏い、人間のように丸かった耳はとがり、瞳には星の輝きを宿した虹彩イリスが煌めく。

 そして手には、つい何時間か前に巨猪を屠った時の返り血がベッタリと付いた杖。




「ディ、ディケー様……!?」




 幻術を解除して正体を現した事で、押し留めていた強大な魔力の奔流が一気に溢れ出す。

 応接室の空気は別の意味で重くなり、バチバチとそこかしこで金色のスパークがはしる。

 ……実のところ私もまだ完全にディケーの身体に慣れていなくて、元の姿に戻る度にこんな派手な演出が起きてしまうのだった。



「あ、貴女はーーーー!」



 サラさんのふたつの青い瞳が、今まで見た事ないくらいにカッと見開かれる。

 ーーー聞かなければ良かった。

 それらは、そんな後悔の念もうっすらと感じられる程、動揺を帯びたいろをしていた。




「……私は魔女。

 "星空の魔女"、ディケーよ。

 ……これで満足?

 エルフのメイドさん、貴女の疑念は晴れたかしら?」

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