第21話 いばら姫

「ディケー様。

 何か、お心当たりはないでしょうか。

 お嬢様をアグバログの呪いから解放出来るすべが見つかるまで、わたくしは何十年……いえ、何百年かけてでも……」

「(決意固ッ!)」



 カップを両手で持ったサラさんの眼差しには、強い意思が宿っていた。

 サファイアのような綺麗な青い瞳が、すがるように、真っ直ぐに私を見据えている。

 長命なエルフだからこその覚悟、とも言えるけど……でも、聞いてるこっちの胸まで痛くなっちゃう話でもあったよね……。



「(うーん。まあ、ここまで話を聞かせて貰った以上、無理ですハイさよなら、って帰すのも忍びないし……)」



 私なりにサラさんの話を聞き、熟考した上での考えを話すしかない。それで納得して貰えなかったら、ちょっともう万事休す、かもなんだけど……。



「(しかも、成功する見込みは未知数なのがね……)」



 でも何より、こんな期待の籠った目で見つめられたら、否応なしに応えない訳にもいかないよね、っていう……。

 せっかく冒険者ギルドに所属したからには、美人メイドエルフからの依頼クエストーーー是が非でも私が攻略してやろうじゃないの!



「……心当たりが無い訳でもないわ」

「えっ……!?

 ディケー様、それは本当でしょうか!?」



 なので、まあ。

 「じゃの道はへび」って訳でもないんだけども。



「ただし、呪いを解く訳ではないの」

「そ、それは、どういう……?」



 目には目を。





「お嬢様に、





 呪いには呪いを。

 ーーー魔女なりのやり方で、解決する方法しか、思い付かなかった。





****





「お、お嬢様に新たな呪いを!?

 ディケー様、正気で仰っているのですか……!!

 これ以上、尚も、お嬢様を呪いで苦しめようと言うのですか……!!!」



 うん、まあ怒るよね、そりゃ。

 ガチャン!と音を立ててティーカップをお皿に叩き付けたサラさんが、今にもソファーから立ち上がって抗議して来そうだったので、私は慌てていさめた。



「待って、まずは落ち着いて。

 呪いと言ってもね、色々あるのよ。

 例えば加護や祝福、祝詞のりとウォークライ……ああいうのも大別すれば、ある種の呪いなの。

 何も呪いは、悪い事ばかりが起きるって訳でもないのよ」

「……どういう事でしょうか?」



 よし、食い付いた。

 一瞬、憤怒の表情になったサラさんだったけど、私の話にとりあえずは耳を傾けてはくれるようだった。



「残念だけど、一度かけられた呪いを解く事は不可能に近い。

 しかもかけたアグバログが呪詛を吐きながら死んだ事で、より強力な怨念と化してしまってる。

 私の故郷では『言霊』って概念があって、思いを込めて口にする事で、言葉に強い力が宿ると信じられているの。まさにそれだと思うわ」



 某ハンター漫画でも「死後強まる念」って概念があるけど、近い事象なんじゃないかと思うのよね。

 炎魔将アグバログの呪いは、もはや怨念と化してて解呪不可の領域に達してると見て、間違いないでしょう。

 だから、かなり荒っぽいやり方になりそうなんだけど……。




「強い呪いには強い呪いをぶつけて、呪いを対消滅させるしかない」




 化け物には化け物をぶつけんだよ!的なやつね。

 まあ、あの映画はちょっとバッドエンド気味だったけど。



「これまでにお嬢様を診た医者も聖者も、恐らくは呪いを解こうと色々試しはしたけど……新たに呪いをかけようとした事は、一度もないんじゃない?」

「そ、それは……!

 確かに、そうですが……」



 ま、フツーはしないわよね、そんなコト。

 実のトコロ、私もついさっき思い付いたんだから。




「(子供の頃に読んだ『いばら姫』がヒントをくれたわ!)」




 グリム童話の、あの「いばら姫」ね。

 お姫様の指に糸車の針が刺さって、100年の眠りについちゃう、っていう。

 事の発端はお姫様の誕生パーティに12人の魔女が招待されて、美徳、美しさ、富、とまあ色々な祝福を次々に授けてくれるんだけど……招待されなかった13人目の魔女がパーティ会場に突然現れて、腹いせに「お姫様は15歳になったら糸車の針が刺さって死ぬだろう!」と呪いをかけて去っていくの。

 でも12人目の魔女はまだ祝福を授けていなかったから「呪いを解く事は出来ませんが和らげる事は出来ます。お姫様は針が指に刺さっても死にませんが、100年の眠りにつくでしょう」と、13人目の魔女のかけた呪いの効果をダウンさせる事に成功した訳ね。

 ……この手で行くしかない!




「(12人目の魔女は13人目の魔女の呪いを緩和するのが精一杯だったけど……こちとら大魔女よ! やってやるわ!!)」




 ーーーただし、リスクは当然ある!

 故人曰く、人を呪わば穴二つ!!

 失敗すれば、アグバログの呪いが私にも降りかかりかねない!!!

 魔術が使えなくなれば当然、子供達の"魔女見習い"の鍛練は続行不可になるし、私自身にも何が起きるか分からない!!!!

 ……ライアとユティが18歳になって、悪役ルートを回避するのを見届けるまで、私は絶対に死ねない!



「(そういう意味では、本来はサラさんやサラさんの仕えるお嬢様に、私は関わるべきではないんでしょう。……ないんでしょうけど!)」



 ……だけども。



「(ーーー美人の依頼を断っちゃ、冒険者失格でしょう?)」



 ここまで話に付き合った以上、見捨てるなんて後味が悪すぎだし、それにーーー、





『杖は南の樹海の古木から削った物がオススメね』





 魔女ヴァルプルギスナハトの時、魔女の先輩の1人がそう言っていた。

 サラさんの故郷、エルフの住む南の樹海には良質な杖の材料になる古木がたくさんあるらしい。

 ライアとユティの鍛練には先輩達から貰ったお古の杖を使っているけど、そろそろ新しい物を作ってあげたいと考えていた頃なのよね!

 そんな時、南の樹海絡みの依頼が舞い込んで来たのは渡りに船だわ! 運命を感じる。



「(アグバログが深淵戦争で南の樹海に侵攻したのも、ひょっとしたら古木の破壊が目的で……?)」



 魔物達からしても、樹海の古木から作られる武器は驚異だったのかもしれない。

 炎魔将が進軍したのも納得かも、だわ。

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