第14話 ハイタイという男
全身を艶のある銀の鎧に身を包んだ巨体。目の部分が黒い格子で覆われた兜で顔が見えず、その異様な面構えが大きな図体をより不気味に見せている。
軋む音を立てて歩てくるその鎧に目を凝らすと、全体に花のような彫刻が施されていた。
おそらくどこかの国の騎士だということはすぐに分かった。しかも大国の。
ラントはこういった格好の連中には幾度となく追われてきた。だから今回も、遂に見つかったと身を固くした。
ここは安全だろうと高を括っていたが、バレたと思ったのだ。
「マヌス国国王、グイド様」
騎士が一歩足を踏み入れるごとに、この場にいる全員の神経が張りつめる。
パドラがぺブルを抱きしめ、フィオリアが微かに後ずさりをしたのが分かった。
とりわけラントは腰を低くして機会をうかがった。
襲い掛かってきたらすぐに逃げるように神経を尖らせた。
しかし騎士は脇目も降らずラントの前を横切り、グイドの前で立ち止まると、跪いて兜を外し、深々と頭を下げた。
「突然の訪問をお許しください。私、バステラ王国からやってまいりましたハイタイと申します」
ラントよりも濃い褐色の肌、短く刈った黒髪からは切れ長の黒い瞳がはっきりと見える。。
マヌスの人間とは全く違う、熱と脂を纏った精悍な風貌。
声は低くこもっていて、それなのにどこまでも穏やかだった。
地面につきそうなほどに頭を下げるその姿からは微塵の敵意も感じない。
ラントは安堵した。と同時にさらに神経を尖らせたのは他でもないグイド、そしてフィオリアだ。
「バステラ王国の騎士と言いましたね」
「はい」
「一体どういった御用でしょうか」
フィオリアの声が微かに上擦っている。突き放したような物言いは精いっぱいの威嚇に見て取れるが、ラントの目には恐怖と焦りが透けているようにも見える。
「それはその」
一瞬、フィオリアの睨みつけるような視線にたじろいだ様子を見せたが、ハイタイは気を取り直して姿勢を正す。
「大至急国王陛下にお伝えしたいことがあり、馬を走らせ単身でやってまいりました。誠に勝手ではございますが、時間がありません」
聞き分けのない子供のように騒いでいたティアが黙りこくったと思ったら、口元を緩ませてハイタイを見ている。
辺りに漂っている不穏な空気を目いっぱい吸い込み、これからこの国にどんな不幸が訪れるのかと、爛々と瞳を輝かせていた。
「バステラ。お兄ちゃんはバステラから来たの!?」
緊迫した空気に割って入ったのはぺブルの朗らかな声だ。
「ぺブルのお父さんも今バステラにいるの。バステラにはどうやって」
一生懸命に唾を飛ばして話すぺブルをパドラが抱きかかえ、豪快に笑う。
「すいませんねうちの子が。それにしても、こんな短期間に客人が二人も来るなんて珍しいねぇ。フィオ、ヴェリデ様は何もおっしゃっていなかったのかい?」
パドラの問いかけに、フィオリアは曖昧な笑みを浮かべ「ええ」とだけ呟いた。
フィオリアの陰りを帯びた瞳を、ハイタイは食い入るように見つめていた。
ラントは黙って、グイドとフィオリアとハイタイの様子を交互に盗み見る。
揃いもそろって振る舞いが妙だったからだ。
「それではひとまず私の家に招待しよう。着いてきなさい」
そうグイドが笑いかけ歩き出すと、ハイタイはその二歩ほど後から歩き出した。
二人の背中を追いかけた後にフィオリアを見る。
水分を帯びた唇をきゅっと結び、立ち尽くしている。
「私、ヴェリデのところに行ってきます」
そう呟くと速足で礼拝所を後にした。
「お母さん、バステラのお兄ちゃん、お父さんの事知ってるかな」
「あんないいご身分の騎士さんが知っているわけないだろう。さ、私達も帰るとしようか」
パドラが笑いかけ、ラントに合図をした。
ラントも黙って歩き出す。
「この国そろそろヤバいんじゃない?」
いつもうるさい女の、妙に冷静な声に背筋が凍った。
「どうするのラント。早く逃げないとラントまで巻き込まれちゃうよ」
「どうなろうと俺には関係ない」
思わずティアに返事をすると、パドラとぺブルが驚いて振り返る。
「どうしたんだいラント」
一瞬ぎくりとしたが、深呼吸をして何事もないという風に首を振ると、再び二人の後について歩き出す。
ラントの後を縋るように甲高い声がまとわりついた。
「関係ないなんて、もう思っていないくせに。これじゃあまた同じことの繰り返しじゃない」
いくらか感情的な声をラントは無視した。
正論ほど耳に入れたくはない。この女など、ラントさえ無視してしまえば存在していないのと同じなのだ。
「別に私はいいのよそれでも。困るのはラント、あんたなんだからね。神に縋ってばかりで何もできない人間なんて簡単に消されるんだから。そしたらどうするの。またああなりたいの?」
「今日のご飯は何にしようかねぇ」
「ぺブルお腹すいたよ」
何気ない親子のなんでもないやり取りに意識を集中させた。
「大体こいつらが縋りついてる神様とやらもいい奴なんかじゃないのよ。きっとすっごく厄介。下手すれば私なんかよりもずっとね」
それ以降女の気配は消え、奇妙な笑い声だけがしばらくこだました。
ティアの存在など別にどうでも良い。怒ろうが拗ねようが消えようが関係ない。
ただ、彼女の言っていたことは、多分当たっている。
そう思った理由は特にないが、しかし確信めいたものは確実にあり、ラントは深くため息をついた。
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チートを捨てたい青年は死神少女と旅をする 雪山冬子 @huyu_yukiyama
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