Ⅴ
§9
「ーナさん……、イリーナさん」
「あ、はい! 何でしょう?」
「この問題を解いてくださいと言ったんですが……。珍しいですね。講義の最中にあなたが上の空だなんて」
「すみません、少し体調が優れなくて」
「でしたら早退された方がいいでしょう。無理は良くないですよ」
「……分かりました」
包み隠さずに言うと、私の身体に何一つ異常はなかった。ならばどうして先生に言われた通り早退することにしたのか。それは今頃、一週間前に出会った盗人の少年が再び師匠のもとを訪れているからだ。
私はこのことが気がかりでならなかった。師匠ならあのサピエンスについて私よりも正しい判断を下してくれると信じていたが、彼が気配を消した姿を見た瞬間。
今の師匠に、あの子を制御することができるのだろうか?
§10
「お疲れ様です。イリーナ様。今日はお早いですね」
「ええ、師匠に用があるの。どこに行ったか分かる?」
「アンジェリーナ様はダンジョン向かわれましたので、ギルドへ向かえばよろしいかと」
「ありがとう。それと、10歳くらいの男の子を連れてなかった? 黒髪、黒目のサピエンスなのだけど」
「ローズ様のことですね。彼もアンジェリーナ様と一緒にダンジョンに向かっておりました。彼はつい先日、アンジェリーナ様が養子として引き取ったようです」
「了解よ、すぐに向かうわ」
イリーナがアンジェリーナ邸に着いた頃、すでにローズとアンジェリーナはギルドにいた。そして、イリーナは二人を追いかけてギルドへ向かう。普段なら決して魔術を使わない道の上を、イリーナは持ちうる限り最速の強化を施して駆け抜けた。
(早く師匠に会わないと。やっぱり、私の判断は間違っていたのかもしれない)
この時、イリーナは激しい焦燥感に駆られていた。自分が師匠に責任を押し付けたせいで、取り返しのつかない事になるのではないか。あのサピエンスによって、敬愛する師匠が穢されてしまうのではないか。根拠は全くないものの、考えれば考えるほどこのまま二人を放っておけないという結論だけが、イリーナの脳内を埋め尽くしていった。
(もうすぐギルドに…… いた!)
イリーナはギルドの入り口から少し離れた道を歩くローズとアンジェリーナを視界に捉えた。そして二人が歩く先には──
(目的地はダンジョンね。と言うことは、既に冒険者登録を終えている)
最速で駆け抜けた
「おや、イリーナじゃないか。どうしたんだい。まだ授業が終わる時間ではないはずだよ?」
「はぁ、はぁ…… 少し事情があって。今からダンジョンに行くんですよね。私も同行していいですか?」
「ん?……。ああ、いいよ。折角だからパーティーとしての立ち回り方をローズに見せてあげよう」
「……分かりました」
そこから歩いて一分もしないうちに、あるものが姿を現した。
「これが、ダンジョン……」
それは、地下へと続く巨大な洞窟であった。高さ30メートル、幅50メートルをゆうに超えるその入り口に、ローズは圧倒されていた。この洞窟はただの岩石でできているので、何の神秘性も持ち合わせていない。しかし、それを目の当たりにしたローズは、神話に登場する巨獣の口内を、連想していた。
「素晴らしい光景だろう? 私も初めて見たときは度肝を抜かされたものさ。まるで神話の一ページを見ているような気分になったよ」
「そう、だな。何と言うかこの世のものとは思えない」
「まぁ、実際ダンジョンは旧世界の遺物とされているから、あながち間違っていないわ」
今もなお様々な研究がなされているが、ダンジョンの起源について詳しいことは何も判明していない。ダンジョンには自然の摂理、いわばこの世界のルールを無視した様々な超常現象、異常生物が存在する。この世界のルールが通用しないということはそのルールができる以前、100万年、1億年、あるいはもっと古い世界のルールによって構成された空間であると推測されているにすぎないのだ。
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