珈琲15杯目 (6)自称師匠たちによる争奪戦

「警務隊の皆様、並びにスノート師とお付きの方々ですね? 先ほど本部から指示がありましたので、展示室をご案内いたします」

 わたくし共が「魔術資料館」に到着したときには、すでに魔導士姿の青年係官が入り口に待機しており、馬車から降りたわれわれ一同を、手慣れた様子で中に先導されました。


 この魔術審議会の別館は、本部の建物から微妙に離れた場所にある三階建てのレンガ造りの建物でございまして、魔術審議会が収集した貴重な魔導具を一般に公開するための施設でございます。

 もっとも、一般の帝都市民が「じゃあ今日は大魔杖だいまじょうでも見に行くか」と気軽に立ち寄られるようなことは皆無に等しく、客はもっぱら研究目的の魔導士や、見学目的の魔導学院新入生に限られるのでございますが。


「微妙に不便な場所にあるな」

 ゼルベーラ隊長が、リュライア様にささやきかけました。本部からの道中、ずっと不機嫌そうなお顔をされていたご主人様は、その表情のまま応じられます。


「魔術審議会本部から離れていることが重要なんだ。ここには、覚えたての<火炎>やら<爆裂>魔法を試しに使ってみたくて仕方のない魔導学校の一年次生連中も来るんだぞ? 奴らがここへの道すがら、審議会本部の建物なぞ見かけたら、どうすると思う?」

 まさか一年次生の身で、そこまで魔術審議会への敵愾心をお持ちの学生はいらっしゃらないかと思いますが、クラウ様は合点がいったというお顔つきです。


「だが、警備には都合のいい場所だ」

 われわれとは別の馬車で到着されたシェンクルトン隊長が、ゼルベーラ隊長の耳元に口を寄せられました。


「この建物が面する通りは、正面と裏手の二本だけ。どちらも直線で人通りはそれほど多くないから、この建物を直接見張れなくても、通りの出入口を監視していれば誘拐犯の出入りも見張れるというわけだ」

 警務隊長同士がうなずきあわれたとき、係官が両開きの扉を開けられました。

「こちらが、展示室です」


 展示室の中には、魔導士にとって、目を奪われる光景が広がっておりました。

 かつての偉大な魔導士が使っていた魔導杖まどうじょうやエルフ絹のローブ、そして魔導輝石をあしらった魔導士向け装身具。一角獣ユニコーンをはじめとした幻獣の剥製。薬の原料にもなる希少な魔法植物や金砂甲虫の標本。かと思うと、鳥女ハーピュリアの爪や、熊犬魔獣ビュグロスの牙といったおそろしげなものも。

 この部屋には、魔術に関するあらゆる資料が、整然と陳列されておりました。


「やっぱり、いつ来てもすごいね!」

 クラウ様が、興奮気味に振り返られます。リュライア様も、ガラスの展示卓に納められた魔香炉や装飾品を眺められておられるうちに、先ほどまでの不機嫌が、幾分和らいだように見受けられました。


「この部屋の出入口は?」

「他の階はどうなっている?」

 一方、魔術には微塵も関心を抱いておられぬ警務隊のお二人は、口々に係官へ質問を浴びせられました。魔導士組の反応を好意的に見守っていた係官は、どうにか落胆の色を隠し、問いに答えられます。


「展示室の出入口は二か所、今入って来られた西側の扉と、向かいの東側の扉だけです。扉の先の廊下は、いずれも二階への階段と裏口につながっています」

 係官は、まずゼルベーラ隊長の問いに答え、次いでシェンクルトン隊長の方に向かれました。

「二階は図書資料室で、書架に魔導書や魔導史料などが並べられています。三階は、西側が事務室で、東側が鑑定待ちの魔導具などを保管する倉庫になっています」


「普段のここの警備は?」

「盗難防止のため、展示品の模造品を作っておくことはしないのかね?」

 警務隊のお二人による質問の波状攻撃にも、係官は冷静に対処されました。


「警備については、私を含む魔術審議会の係官――全員魔導士です――が、交代で見張りについています。日中は最低三人常駐、休日夜間は当直の一人だけです……本日は公休日ですので、当直の私一人ですが、指示どおり正午には退去しますよ」

 最初のゼルベーラ隊長の問いに答えてひと息入れてから、係官はシェンクルトン隊長の質問に、とんでもないとかぶりを振りました。


「芸術院の展示館あたりでは、汚損や盗難防止のために収蔵絵画の模造品を展示することもあると聞いていますが、ここに来る皆様――大半は魔導士です――は、本物の魔導具を見るために来るのです。魔力の無い模造品なぞ見せたら、魔術審議会は我々から集めた会費で何を買っているのだ、と皆様怒り狂いますよ」

 リュライア様は、気まずそうに咳払いをされました。

 そのとき、クラウ様が口を開かれました。

「あの、最近ロットラン商会から納品された魔導具類は、もうここにありますか?」


 皆様――わたくしも含む――は、驚いてクラウ様に目を向けられました。

 係官は、明らかに学生と思しきクラウ様の問いに答えるべきか否か、警務隊のお二人に目で尋ねられました。

「かまわん。私の弟子だ」

 お二人とも同時に答えられましたが、直後に横目でにらみ合われました。どうやら、自称師匠による弟子の争奪戦が勃発したようでございます。

 警務隊の許可を得た係官は、展示室を見回しつつ、答えました。


「六日前にロットラン商会から納品された魔導具類は、倉庫番に取り寄せたメルクゥを除いて、全てこの部屋に陳列済みです。通常、購入した魔導具類は、魔術審議会の専門鑑定官による鑑定を経てからでなければ展示室に陳列しないのですが……」

 係官はそこまで答えてから、はじめてクラウ様に顔を向けました。

「ロットラン商会から購入したものは別です。これまでの実績をかんがみ、まずは展示しておき、支払いまでに鑑定すれば可としています」


「じゃ、今回の納品物もこれから鑑定なんですね。ありがとうございました」

 係官に頭を下げられたクラウ様は、聞きたいことは以上ですとゼルベーラ隊長に小さくうなずきました。


「おっ、そろそろ正午だ。では、窓と扉の解放、よろしく頼むよ」

 シェンクルトン隊長が、口ひげを指で整えながら、係官に別れを告げられました。係官は、明らかにほっとした様子で、われわれを出口まで見送りました。



「さて、次はどうする?」

 馬車に乗り込むゼルベーラ隊長に、シェンクルトン隊長が声を掛けられました。

「誘拐犯がここに身代金を持参するよう指定したのは、三時だ。急いで昼食を取ったら、ロットラン商会に行って準備状況を確認しようか」


「そうしましょう。昼食は第三隊のおごりでね」

 ゼルベーラ隊長が不敵に笑い、リュライア様にもそれでいいかと尋ねられます。

 ご主人様は、君に任せると気だるげにうなずかれましたが、クラウ様は何やら考え込んでおられるご様子です。


「どうした、クラウ? 馬鹿のくせに考え事か?」

「あの、隊長」

 クラウ様は叔母君ではなく、二人の警務隊隊長に話しかけられました。

 とりあえず、ゼルベーラ隊長が応じられます。「どうした?」


「あの、僕、思ったんだけど……」

 クラウ様が、珍しく言い淀まれます。リュライア様の目が警戒するように細められ、わたくしに注意を促されました。

「おう、言ってみろ」

 隊長はいつもと変わらぬ調子で応じられますが、クラウ様の緊張は察しておられるようでございます。

 クラウ様は、目立たぬよう息を吸い込まれてから、決然と口を開かれました。


「考えすぎかもしれないけど……誘拐犯って、身代金だけじゃなくって、あの部屋の魔導具も手に入れようとしているんじゃないかなって、思ったんだ!」

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