珈琲14杯目 (28)この世で四番目に気持ちいいこと

「まあそう言うな。級友からの相談には、ちゃんと応えたじゃないか」

 ゼルベーラ隊長が、クラウ様のご不満をなだめられます。

「おかげで『有償研修』制度は存続。後輩からもありがたがられるぞ」


「それに、リプホルト殿からもお礼があったではありませんか」

 わたくしも控えめにご指摘申し上げました。「まだ魂の抜け殻状態のときではありましたが、今回のお礼に、店の品物を何でも一つ差し上げる、と」

「あのお店の魔導具、そんなに高いものじゃないし! それを一つだけって……」


 クラウ様がお礼の品として選ばれたのは、携帯水筒用の覆い。<氷結>や<火炎>の魔法珠を所定のくぼみにはめ込んでおくと、水筒の中身を冷たく、もしくは温かく保持できるという、地味ながら便利な魔導具ではありますが、いかんせん価格は三ゼカーノ。一攫千金を夢見ておられたクラウ様のご不満は収まりそうもございません。


「お前は今回、わけの分からんことを叫んでいただけだろうが」

 リュライア様は、姪御様の叫びを冷たく一蹴されます。「よく考えれば、サルや山トロルに衣装を着せても十分代役は務まったかもな。そんな仕事で大金をせしめようなどと、虫が良すぎる」


 このお言葉には、さすがにクラウ様もご機嫌を損じられた模様でございます。頬を膨らませたクラウ様は、つい禁断の言葉を口にされてしまわれました。

「でもいいもんね。何もご褒美がなかった、リュラ叔母様よりはマシだよ!」


 あ、この馬鹿が、という目を、ゼルベーラ隊長はクラウ様に向けられます。しかし当のリュライア様は、むしろ落ち着いたご様子で、珈琲カップをお口許に運ばれました――ただしその唇には、残忍な笑みが浮かんでおられます。


「だ、そうだ」

 リュライア様は、ひと口珈琲を飲まれますと、わたくしに意味ありげな視線を投げかけられました。

「これは黙っているつもりだったんだがな。可愛い姪がそうまで言うなら、私も

 そして穏やかな表情のまま、しかして口調は厳しく、わたくしにお命じになられました。「ファル、教えてやれ」


「は……」わたくしは気乗りいたしませんでしたが、リュライア様のご命令とあれば致し方ありません。わたくしは怪訝そうなクラウ様に向き直り、咳払いと共に切り出しました。

「クラウ様。先日、リュライア様とわたくしが、リプホルト殿のお店にうかがった折のことでございますが」


「ああ、セロンブランさんのお母さんと一緒に行ったときのこと?」

 クラウ様は、まだ本格的に警戒はされておられません。わたくしは、これから申し上げることが、どれほどクラウ様のお心をかき乱すか想像し、胸を痛めました。


「はい。正気を取り戻された店長殿が、今回のお礼に、店の魔導具をどれでも一つ差し上げるとおっしゃって……」

「ファルにも? 僕へのお礼と同じじゃん」

「はい。そこでわたくしは、リュライア様の立ち合いのもと、今回の事件の主役となった例の額縁を、五ゼカーノで引き取りたいと申し出たのでございます。事件の記念に、ということで」


「へ?」

 クラウ様は、事態が呑み込めぬというお顔をされました。

「わざわざ買ったの? あの額縁を?」

「はい。リプホルト殿は、快く応じてくださいました」

 なおも怪訝そうな表情のクラウ様に対し、ゼルベーラ隊長は、何かあると頬をぴくりと震わせました。

 わたくしは、おふたりそれぞれに目を合わせつつ、説明を続けます。


「わたくしはその足で、魔術審議会リンカロット支部に額縁を持ち込みまして、鑑定を依頼したのでございます――ダイダマール師の署名は真正か否か、この魔導具の効果は何か、と」

「え!」クラウ様は、驚きに目を見張られました。「わざわざ魔術審議会に鑑定頼んだの? お金取られるじゃん!」


「仰せのとおり、鑑定料十ゼカーノが必要でございました」わたくしは、淡々と事実を述べました。「しかし、魔術審議会の鑑定結果は、魔導研究分野での公式記録となります」


「で、鑑定の結果は?」

 どうやら展開が読めた模様のゼルベーラ隊長が、面白そうに尋ねられます。わたくしは重々しくうなずき、懐中から一枚の紙を取り出しました。

「一昨日、魔術審議会にて鑑定結果を受け取ってまいりました。いわく――」

 わたくしは紙片を広げ、読み上げました。「『ダイダマール師の署名は真正のものである可能性が極めて高い。また、魔導具として何らかの魔法が施されていることは確認できなかったものの、額縁右上角に魔力を探知できない部分があり、慎重に解体して調べたところ、木枠の中から折りたたまれた薄い紙片が発見された』」


 わたくしが言葉を切って視線を転じますと、クラウ様は不吉な予感に怯え始め、ゼルベーラ隊長は興味津々、リュライア様はクラウ様のご様子をご覧になられて満足そうでいらっしゃいます。

 わたくしは、鑑定結果を読み進めました。

「『紙片の内容は、魔導研究について記された、ダイダマール師の手記。筆跡及び記載内容から、ダイダマール師直筆のものと判断できる』。これが、魔術審議会の鑑定結果でございます」


 そしてわたくしは、クラウ様にお伝えしたくなかった事実を申し上げました。

「この結果を受け、手記の史料的価値を評価した魔術審議会は、額縁及び手記を五十ゼカーノで売って欲しいと要望されました」

「ご、五十!?」

 クラウ様が絶句され、リュライア様が満足の笑みを広げられます。心苦しいですが、わたくしはさらに先を続けました。


「その提案に、わたくしは応じませんでした。手記の内容は、当時帝国南部で体系化されたある魔導理論について、まったく同時期に、ダイダマール師が独自に別の方法で同じ結論にたどり着いていたことを示唆するものでございます。魔法史を一変せしめるものではございませんが、魔法史の教科書に注記が入る程度には重要な発見でございますので、その点を指摘して交渉させていただき……」


 話の展開が読めたクラウ様は、もう息も絶え絶えでございます。わたくしがちらりとリュライア様のお顔をうかがいますと、「れ」との無言のご指示。わたくしは、ご主人様に従い、必殺の一撃を控えめに繰り出しました。

「……最終的に、百五十ゼカーノで手を打ちました」

「!! ひゃ、ひゃくご、じゅう…………っ!!」

 クラウ様は、血反吐を吐いてもおかしくない表情で、椅子にぐったりもたれかかられました。


「まずもって、ダイダマール師の署名入り魔導具というのが異質だ」

 クラウ様の苦悶のご様子を満足そうに眺めながら、リュライア様が解説されます。

「誰かがダイダマール師の署名を擬して偽物を作ったとも考えられるが、魔導具制作の実績がほとんど知られていない変態魔導士の名前をわざわざ使うのは不自然だ。詐欺のために『箔』をつけるなら、もっと知名度の高い魔導士が大勢いる。つまり、今回の詐欺師連中であれ誰であれ、この額縁をダイダマール師のものだと偽る可能性は低いということだ」


「ゆえにわたくしは、額縁を適正価格で買い取り、手数料を払って鑑定を依頼いたしました。損をしても十五ゼカーノでございますが、もし読みどおりダイダマール師の額縁なら、もう少しいい値段がつくはずでございますから――まさか、師の手記が見つかるとは予想外でしたが」

 わたくしの補足説明の後、クラウ様に「とどめ」を刺されたのは、ゼルベーラ隊長でございました。


「ははっ、残念だったなお嬢さん。もう少し考えていれば、君が百五十ゼカーノを得ていたのにな!」

 まったく悪意の無い隊長のご感想ですが、クラウ様にとっては傷口に岩塩を擦り込まれるようなもの。みすみす大金を手にする機会を逃した無念さで放心状態のお体が、びくびくと激しく痙攣されておられます。


 そのご様子を眺めるご主人様は、心から楽しそうでございました。

「ありがとう、ファル、リリー。私にとって、今回の事件の最高のご褒美だ」

 リュライア様にとって、悔しさのあまり悶絶するクラウ様を眺められること――それこそが、「この世で四番目に気持ちいいこと」なのでございます。

                              珈琲14杯目 了

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