トライアングル 2 《楓》

 ◇



 大樹くんが無事だと分かって、私がこれ以上病院にいたら邪魔だと思い帰宅した。


 ……まさかお隣さんが大樹くんの知り合いだったなんて。

 大樹くんとは親しげだったし、しかも穂乃果もお隣さんを知っているみたいな様子だった。


 そんな二人の様子を見てすぐにピンときた…… 大樹くんの雰囲気が変わったのはそういう事だったのかと。


 若くて可愛らしい人だったな…… 詳しくは分からないけど…… お隣さんを助けるために大樹くんは大ケガをしたみたい。


 それくらい大切な人ってことだよね……


 大樹くんが無事で本当に良かった…… 良かったけど…… 知りたくなかった。


『また今度』の約束もなくなってしまうようで…… 今日は散々泣いたのに、また涙が溢れてきてしまった。


 私が悪いのに…… 穂乃果と大樹くん、二人の幸せのために早く離れなければいけないのに…… いつか穂乃果の親として普通に話せる日が来るなんて…… 甘い考えを持ってしまっていた。


 大樹くんだって穂乃果のために前に進んでいるんだ…… 私が邪魔しちゃダメだよね……


 でも…… 諦め切れないよぉ……




 ……インターホン? こんな夜遅くに私の部屋を訪ねてくるなんて…… 誰?


 恐い……  

 もし、また理不尽に未来を奪われてしまったらと、あの時の悪夢のような記憶が頭をよぎる……


 そして、足音を立てないようそっと歩き、モニターを恐る恐る見てみると……


 えっ? お隣…… さん?



 …………



 私に大事な話があるということで、玄関先で話すのもどうかと思い家に上がってもらい、私達は小さなテーブルに向かい合うように座った。


「すいません、こんな遅くにお邪魔しちゃって…… どうしても今日中に話しておかなきゃって思ったので……」


「はい……」


 何を言われるんだろう…… 恐いけど…… 彼女の話を聞かなきゃいけないような気がしたので大人しく次の言葉を待っていた。


「あたし…… 小林葉月っていいます」


「あっ、私…… 白井しらい楓です」


「『楓』さん…… ですか…… あのあたし…… 大樹さんと穂乃果ちゃんのとして仲良くさせてもらっています」


 二人の…… 友達? 私はてっきり…… 大樹くんの恋人かと……


「まさかお隣さんが穂乃果ちゃんのママで、大樹さんの…… 元奥さんだとは思いませんでしたよ」


 そう言って小林さんは視線を下の方に向け、私の…… 手元を見つめていた。


 ……あっ! ……結婚指輪をしたままだった! ……病院で大樹くんに見られてないよね!? 指輪をしているところを見られたら…… 大樹くんが激怒してしまうかもしれない!


 慌てて左手を隠すように右手を上にして、座り直すふりをした。


「…………」


「別に責めているわけじゃないんで気にしないで下さい…… それで…… あたしは二人と友達ではあるんですが…… 大樹さんとは身体の関係も持っています」


 やっぱり…… そうだよね。

 大樹くんと小林さんが話す様子を見て、すぐに気付いた。

 なんとなくだけど…… そういう仲なんだと。


「大丈夫ですよ、私達は離婚してますし……」


「それはそうなんですけど…… 病院で白井さんと大樹さんを見て気付いちゃったんですよ…… お互いにお互いの事をまだ忘れられていないんだなぁーって、だから……」


 大樹くんが? ……やっぱり私の事を恨んでいるのかな? それはそうだよね…… 酷い裏切りをしたんだもん。


「お二人がこれからどういう関係でいるのかハッキリさせるまで、あたしは…… 大樹さんとは友達のままでいるつもりです」


 ……えっ?


「だから焦らなくてもいいですよ…… あたしとしては穂乃果ちゃんが幸せになれるならどんな結果でもいいんですけどね、お二人がどういう理由で離婚したのかも知らないですし…… だからちゃんと話し合った方がいいですよ? すぐにとは言いませんから」


「何で…… 何で小林さんはそんな事を言うの!? 私がいなければ…… 大樹くんとの関係がより深くなるかもしれないのに!」


「だって…… あたしはただ二人に恩返しをしたいだけですもん、その結果がどうなろうとも、大樹さんと穂乃果ちゃんが幸せになれるなら応援したいんです」


「そ、そんな事を急に言われたって…… そもそも大樹くんの気持ちを無視しているじゃない!」


「そーですねー…… 確かに無視してるかもしれません、でも、今のままじゃ大樹さんはずっと元気がないまま…… 楓さんもこのまま…… その間あたしがよりも大樹さんをいーっぱい癒しちゃうことになっちゃいますよ?」


 癒す? 今までより…… 

 あっ…… そうか…… だからここ数ヶ月で急に大樹くんの雰囲気が柔らかくなったように感じたんだ……


 じゃあやっぱり…… 私は消えた方がいいんじゃないのかな……


「……いなくなろうなんて考えちゃダメですよ? 穂乃果ちゃんのためにも」


 な、何で分かったの!?


「あはっ『何で分かったの!?』って顔をしてますね! 何ででしょう? なんとなくだけど分かっちゃうんですよねー…… 楓さんを見てると」


 そう言いながら私を見つめる小林さんの目は…… 哀れむような、それでいて少し同情するような目にも見えた。


 


 そして…… 大樹くんが怪我を負った事件から五日後…… お義母さんに大樹くんの家に呼び出された私と小林さんは……


「大樹が怪我をしてしまったんだけど、穂乃果ちゃんの保育園の送り迎えとか生活のこともあるし…… 大樹や穂乃果ちゃんの事、二人に任せてもいいかしら?」


 お義母さんが私達にとんでもないことを頼んできた。

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