森へ
約束ってなに? あれは誰?
あの目は一度見たら忘れられない目だ。俺の中では前世でも会ったことがない。
俺が思い出せないだけ・・・?
そんなことを考えていると景色が急に代わり、そこは屋外のバスケットコートだった。
俺ともう一人同じくらいの背丈の子の姿が見える。
時間は夕方だ。俺は座ってストレッチをしていて夕日に照らされる後ろ姿を見つめていた。
金色の髪に夕日が当たり、伸びた影も加わりバックショットが映えている。
前世の記憶だろうか? 知識や見識はいろいろ思い出していたが、自分に関することは全く思い出していない。
だから子どものときに金髪の知り合いがいたのかもしれない。
「生まれ変わって、またゆうとに出会うから。約束だからね。」
その言葉を聞くと同時に俺は目を覚ますと土竜くんがいつの間にか俺の胸のあたりまで登ってきていた。
「もぐ? もぐもぐ?」
「ん? あれ? 夢?」
夢にしてはリアルだったけど、見えている空は真っ青で、緑豊かな森はそのままだ。
逃げ惑う声もしない。するのは風の音だけ。
「土竜くん、森には竜がいるの? それにあの魔獣とも土竜くんは知り合いなのかな?」
「もーぐ、もぐも、、、もぐぐー。」
「あはは、ごめん、聞いてみたけど俺には答えがわかんないや!」
土竜くんを抱え上げて空を見上げていると夢だから大丈夫という根拠のない自信が湧いてきた。
真ん丸なつぶらな瞳で俺を見る土竜くんがじたばたしながら
「もぐっ、もぐっ。」
あー、地面に降りたいのかな? そうだね、俺も起きよう。そうだ。
「土竜くん、さっき掘り返してくれたところの土と草分けれたりする?」
「もぐー? もぐ。」
意味はちゃんと伝わる土竜くん。
「もぐぐー、もぐ。」
そう言って俺の頭にぴょんと飛んできて、頭をぺしぺしと叩いて納屋の方を指指している。
どうやら畑は一旦放っておけということかな?
なんとなくそんな感じがして俺は別のやりたいことをやることにした。
「武器とか畑道具はラミスがどうにかしてくれるみたいだし、畑は土竜くんが助けてくれたし、あとは調合の下準備か森に行くか。でもせっかく土竜くん来てくれたんだし、いつもはお土産渡したらいつの間にかいなくなってたから今日は一緒に森に行ってみる?」
「もーぐ。」
「うんうん、ラミスたちも森にいるし、土竜くんもいるし俺が森に入っても大丈夫だよね。」
何かあっても土竜くんが助けてくれるだろうと土竜くんを勝手に信頼し俺は森に入ることにした。
「あっ、そうか。今日はラミスがいないから集めても袋がないのか。あっ、でもストレージの練習にはなる?」
「もぐ?」
何を言ってるんだと言いたげな土竜くんに俺は自己完結をして森に向かう。
さっきラミスたちを見て気付いたが畑から森に繋がるドアのような戸口があり、そこから森に向かえるようになっている。
「土竜くん、行こうっ。」
戸をあけて外に出る。1人で出るのは初めてだし迷わないようにしないと。
横では土竜くんが
「モグ。 もぐもぐぐ。」
「どうしたの?」
「もぐぐ。もぐ。」
よくわかんないけど、なんか必要なことなんだろうな。
そこからは気になったものや使えそうなものを直感を頼りに集めていく。 あっ、弓ないし石とかあったら投げたり出来る? そうなるとパチンコ弾みたいなやつも作りたいけどゴムってあるのかな?
俺は自分の世界に入り込んだまま森の中を好きに進み、いつの間にか土竜くんがいなくなっている。
「あれ? 土竜くん? 土竜くーん?」
何も返答がない。森に入ってどれくらい時間が経ったのだろう?
見回す限り木が生い茂る森の中、木々の隙間から差し込む太陽の光は新緑に反射し眩しくも柔らかな光となって地面に届いている。
とりあえず自分で採取したところを戻れば家に帰れるだろうと俺は来た道を戻ることにした。
「おーい土竜くーん、俺家に戻るよー? 今日もいろいろ集まったしね! 土竜くんおうちに帰っちゃった?」
土竜くんからの返事はない。
そして俺はひたすらストレージに収納していったため集めた量は結構あるだろう。
んっ? 今何かがいたような。 確実にこっちを見ていると思うが結構距離があるのか木や草にも遮られ気配の主まではわからない。
俺は立ち止まり気配の方向を観察していると、突然何かが走ってこちらに向かってくる。
やばいっ、気づくのが遅かった。俺は頭をフル回転させる。
どうしよ、武器とかないし、あるのは・・・ キノコとあとは石くらいか。
キノコはイチかバチかで投げてみるしかないけど当たるかな。
そうこうしているうちにすぐ近くまで迫っている気配を感じる。
「グルルル」
そこにいたのは狼のような2頭の魔獣だ。狼のようなというのは、図鑑でよく見ていたふさふさの毛並みに切れ長の目はそのままだが、額にも目があり目が3つあるためだ。
どうしよ、どうしよ? 俺どうしたらいいの?
言わば俺にとってはこの前の魔獣を除けば、初めて正面から相対した敵だ。
にも拘わらず俺は丸腰状態。
魔獣は俺を囲むように連携しながら回転するように俺の周りを動いている。
「ガアァ」
けん制するように声を上げる魔獣。
俺は目の前の1頭を刺激しないように注意しつつ背後の1頭にも気を付けないといけない。
ザンッ
後ろから何かが飛んでくるのを察知し俺は咄嗟に身体をずらす。
グルウ
仕留め損ねたことに苛立っているかのような声をあげる。
音の正体は衝撃波のようなものか、風の魔法か。当たった木がみしみしと音を立てて倒れていく。
「なんだあれ? 当たったら死ぬじゃん! くそっ! どうしたらいい? 俺どうすればいいの!」
ザンッ
再度後ろから攻撃が飛んでくるのをギリギリでかわす。
そうこうしていると正面の1頭が急に身を翻し飛びかかってくる。
見た目の大きさに反して身軽な跳躍と重さを感じさせない静かな着地。
「どうする俺、どうする? とりあえず出来ることをやるしかない。」
そう思って俺が取り出したのは3種類のキノコ。
それぞれに特性があり、
・噛んだときに出る汁が強烈な刺激臭で喉はもちろん目と鼻も一緒にダメにする。飲み込むと猛烈な腹痛に襲われる。逆に万能薬の一部として調合出来る割になかなか手に入らず重宝される。
・ぶつかったり、踏んだり等、強めな衝撃を与えると爆発する
・口に入れたり、胞子に幻覚作用がある
拾ったときに無意識に危ない系という認識でストレージの中でわけていたキノコたちが活躍出来そうだ。
俺は力いっぱい手元のキノコを投げつける。
人の5歳の力なんて大したものではないわけで、俺も例に漏れず魔獣の手前にキノコが散らばり、俺を気にしながらキノコを確認する正面の魔獣。
そして、害はないと思ったのか、キノコの一つを踏みつけるとそれは爆発キノコだったらしい。
ボン
と目の前で大きな音をたててキノコが爆発し、それに合わせて他のキノコも爆発していく。
「グアアアアアアアアアアア」
俺は運良く風下で被害は免れたが、見事にキノコの攻撃をくらった魔獣は転がりこんだ。
よし、まずは1頭。キノコ大活躍!
俺は心の中で喜びながら後ろにいたもう1匹と向き合う。
キノコ攻撃はもう通用しないだろう。次はどうしよう?
俺が悩んでいるとそれに気付いたかのように、一気に距離を詰めてくる。
俺は地面を転がったり、走ったりと逃げ回るしか出来ない。
そしてついに目の前にきた3つの目と視線が合わさったそのとき、魔獣の足元に蔦がどんどん伸びてくる。
「もーぐ! もぐっ、もぐぐぐ、もぐー!」
正義のヒーローのごとく颯爽と現れた土竜くん。
「モグ。 モグモグ。」
どうやら蔦は土竜くんの魔法らしい。
「ガァァァァァ」
魔獣は怒り狂い叫びながら蔦を引きちぎろうと足掻いているが、蔦が切れる気配は無いどころかどんどん絡まり動きを奪っていく。
俺は目の前の光景に唖然としていて気付いてなかったが、キノコ攻撃によってのたうち回っていたもう1頭も土竜くんが既に対処してくれていて、もともと地面に転がっていたこともありそのまま蔦に押さえ付けられている。
「うわぁ、土竜くんやっぱり凄いな。」
いつの間にか怒っていた1頭も蔦に捕らわれたかのような状態で口元にも巻き付かれているので声も出せないようになっていた。
「もぐぐ。もぐ、もぐ?」
褒められたいのかな? そう感じた俺は土竜くんを抱き抱えて頭を撫でると嬉しそうに目を細める。そうしてしばらくすると、
「もぐっ、もぐ。もぐもぐ。」
2頭を指差しながら土竜くんが何かを訴えてくるが俺には分からず困惑していると俺の腕からピョンと飛び出して近くにいる1頭に近づく。
そして、爪が伸びたかと思ったら喉を掻き切った。
溢れ出す血。
その血を見て俺は急に自分も血の気が引いていく。それと同時に前世の記憶が不意に蘇る。
俺は自分が痛い思いをしたり怪我をするのが嫌だった。だから血を見るのも同様に嫌だ。
理由は他者との共感性が強く、痛みが流れ込んで自分まで痛くなってしまうからだった。
それは大人になるにつれて薄れてはいったが、完全に無くなるものではなかったはずだと記憶していた。
喉を掻き切った土竜くんに対して嫌悪感とは無いが、目の前で溢れ出している血を眺めているだけで意識をもっていかれそうになるのを必死に俺はこらえている間に、土竜くんはもう1頭も同じように詰めで喉を掻き切っていた。
「もぐ、もーぐもぐ、もぐ。」
俺は魔獣から目を背けてはいけない気がして血を流す魔獣を見る。
今目を背けたらこの先生きていけなくなる日がくるかもしれないし、この前みたいに俺自身もまた怪我をするかもしれない。だからこそ少しでも慣れておく必要があるはずだと頭の中で割り切ろうとする自分と、目を背けたい自分とが葛藤してぐちゃぐちゃな気分だ。
きっと痛いよね? 苦しいよね? 手を差し伸べることは出来ないけど、天国で幸せになって下さい。
魔獣に向けて俺はそう祈っていた。
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