空想食事小説

本物のうなぎ

 とある日の深夜、俺は「日本高級魚水族館」に侵入した。

 目的はただ一つ。

 ここで養殖されているを手に入れるためだ。



 20XX年、自然環境の変化や相次ぐ乱獲により日本近海の水産資源が枯渇した。

 マグロやサバ、サンマ、ウナギなどと言った高級魚は市場から完全に姿を消し、今やスーパーに出回る魚は最新技術の粋を集めて作られた「ビヨンドフィッシュ(プラントベース)」か「白身魚(ほとんどの場合シイラ、たまにモウカザメ)」、「スク(アイゴ)」、そして「ミニうなぎ」ことである。

 毒のあるゴンズイの棘を自動で切断して60℃以上の熱湯に放り込むことで無毒化する装置が開発されてから、かつては釣り人に厄介者として忌み嫌われていたこの魚も毎日の食卓に上るような庶民の味方となった。

 さすが有毒のフグの卵巣を塩漬けにしてまで食べてきた日本人なだけあって、たとえ時代が変わってもその食へのこだわりはとどまることを知らない。

 しかし、いくら大豆をこねくり回してみても外道の名を変えイメージを払拭してみてもやはりこれらは代替品でしかなく、培養サーモンなども結局食感が本物の魚とは違う。

 そして当然のごとく、真の美味しさを求める馬鹿どもが存在した。

 俺である。


「あった……」

 アクション映画さながらの身のこなしで赤外線センサーを躱し、たどり着いた水槽の中に泳いでいた細長い魚——現在では高級魚ならぬ天然記念物となったウナギだった。

 俺は水槽から手づかみでそのぬるぬるした魚をキャッチすると、その場でさばいて持ってきた七輪で焼き始めた。

「これだよ、これ……」

 館内が美味しそうな甘じょっぱい醤油の匂いで満たされる中、異変に気づいた警備員が懐中電灯でこちらを照らした。

「おい、お前! そこで何をしている!」

 警報が鳴り響き、駆けつけた複数の警備員たちに羽交い締めにされながらも、俺は意地でも蒲焼きの串から手を離さない。

「何なんだよ、『』って。消費者バカにしてんのか? 俺は本物が食いたいんだよっ!」

「俺だって食いたいよ!」

「俺だって!」

 警備員たちはヨダレを垂らしながらも俺を取り押さえた。

 しかし、俺は何とか蒲焼きを口の中に放り込んだ。

「あっ!!」

「ズルイぞ、こら!」

「この野郎! 吐き出せ!」

 皆が俺を羨む中、一人その極上の味を噛み締めた俺はを覚えた。

「……

 それもそのはず、水産資源枯渇後世代の俺はこれまでしか食べたことがない。

 警察に逮捕され、のちにメディアからのインタビューで人生初のウナギの味を問われた俺は素直に答えた。

「思ったよりマズくね?」

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