第66話 春、藍、十七歳 6



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母親に起こされて10歳の藍はいつもよりかなり早く起きた。

「藍、私とお父さんはもう出かけるから、あなたたちは適当に冷蔵庫の中のもの食べてね。昭の面倒を見るのよ」

母・倫だけではないだろうが、どうも母親というのは三度の食事を子どもに食べさせなければならないという強迫観念があるのか、ちゃんと作るもの。

特に藍は自分の母親はその傾向が強いと思っていたのだが、その母親をして、あの態度は少々奇妙なものを感じた。

それに昨夜はカレーだったのだ。

焦げないように温めて、ご飯の上にかければいいだけだ。

あと、レタスをちぎって、乾燥ベーコンとドレッシングをかけ、本当ならばとんかつがあればよいが冷凍食品のコロッケがあったハズなので、それはカレーのトッピングにしよう、と藍は未だ寝床で考えていた。

普通の女子と同じように藍も起床がヘタ、つまりいつまでも布団に包まれていたい子どもであったが、食べ物をのことを考えると、お腹が減って、起きるモチベーションへと転化させた。

歯を磨いて、顔を洗って、身体をクリアにしなければ、美味しい朝食にはありつけない。

そう思うと、目覚めるのである。

そのようにして、一階の居間に降りてくると、自分の家の自動車が出ていくところだった。

自動車の後方ナンバープレートをカーテンの隙間から見た。

―お父さんしか運転できないから、二人で出かけたのは判る。

だが、藍にはこの早朝4時にどこへ出かけたのかが皆目見当つかなかった。

後日、両親にそれを問いただしたが、「ちょっと用事が」とか「早くいかなけれないけないとこがあった」とごまかされた。

―せめて、早売りの美味しいパンのためとかウソも工夫して欲しい。

これは現在の藍の感想。

眠たげな昭が居間にやってきた。

二階の子ども部屋にいる藍と違い、昭は未だ両親のいる一階で眠っていたのだ。

「姉ちゃんも、早いのか」

藍は先程のメニューを作り出した。

お腹が空いていたからだ。

「姉ちゃん、もう食べるの! 今何時だよ!? 4時だ!」

「私は食べるけど、昭はいらないの?」

「いいよ、早過ぎるよ」

「カレーにコロッケ、乗せるよ!」

「あ、食べる!」

そうして姉弟だけで、ささやかな朝食を摂った。

ところが、昭は「未だ眠いよー」と寝床に帰っていった。

すると藍はヒマになり、ゲームや読書もする気しないし、なにより二度寝しての遅刻が怖い。

そこでもう登校してみた。

未だ6時前である。

自分一人しかいない教室はフシギな感じが最初はしたものだが、睡眠欲が勝った。

次に藍が目を覚ますと、皆がもう登校後で、昨日のTVバラエティや今いちばんいけているユーチューバーの話等で盛り上がっていた。

この机に突っ伏したまま寝るというタイムスリップのような効果は藍にとっては発明だった。

その日、一日、藍はいつものようなダルさ・眠気もなく、快適に授業を聴き・皆と遊んだ。

少しの仮眠が実は体調に効果あると学び、いつも着いて直ぐに眠るワケでもないが、眠くない時は文庫本を開き読書することもあり、早起きは三文の徳とはこういうことか、と皆よりは早くて60分、遅くとも30分は登校するのが普通になっていた、とは冒頭でも説明した通りだ。

しかし、藍はいつの間にか忘れていた、あの両親のエラい早朝の外出は、洋二によってもたされた調査結果で明らかにされた。

さすがは延彦で、割り切った関係を構築するのに長けていたらしいが、相手の両親としては違う。

延彦は知らぬ存ぜぬで通し、不倫相手の女性にも上手く言いくるめておいてくれと、逃げに逃げた。

だが、相手が何故に洋二の存在を知ったかといえば、浮気相手の女性には本命の交際相手がいて、その男性の両親が気づくことがあったのだろう、興信所に調べさせて、延彦をロックオンしたのだった。

それでも自動車の中で、数時間のらりくらりとかわしたが、弁護士の介入まで云われ、もう逃げられなくなり、今から来い!という運びとなり、自動車の夫を心配そうに見ていた妻を伴って出かけてたのだ。

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