第31話
井上はそれからも黙っていた。
村瀬の発言が気に入らなかったのか、少し怒ったような、どこか不安げな表情を浮かべていた。
「井上。ありがとう。どうかしてた。絵理香が死んでるなんて、あるわけないよな」
「お前がわかってくれたらそれでいいんだ」
井上の険しかった顔に笑顔が浮かぶ。
「悪いが、俺がいつも絵理香を捜すコースがあるんだ。そこを回ってもらえないか?」
ふたりは絵理香の勤めていた会社、絵理香が通っていた学校、絵理香がよく行っていた店、絵理香の友人たちの家、実家の近辺を回った後、絵理香の家の前へとたどり着いた。
「ちょっとここで待っててくれ。中を見てくる」
村瀬は車から降りると、合鍵を取り出して絵理香の部屋の中へと入った。
室内の様子は、前日となんら変わりはなかった。
「今日も手がかりなしか……」
村瀬は新聞受けに刺さっている郵便物と新聞を扉の内側から引き抜くと、乱暴に食卓テーブルの上へと放り投げた。
日に日に溜まっていく郵便物が、村瀬の不安をより一層増幅させていた。
村瀬は部屋を見渡してから、井上の車へと戻った。
「そろそろ栗原のとこに戻ってみよう」
井上は、村瀬の様子から絵理香が戻っていないことを悟ったのか、何も聞いてこなかった。
井上が車のエンジンをかける。
備え付けのデジタル時計が午後2時16分を知らせていた。
井上が車を発進させようとしたとき、携帯電話の着信音がなった。
井上は腰を浮かし、ジーンズの後ろポケットから携帯電話を取り出した。
「例の新聞社の奴からだ……」
井上が携帯電話を耳に当てる。
「もしもし。あぁ、これから行くところだ。なんだって!?」
井上が携帯電話を耳から離し、村瀬の方へと向き直った。
「栗原が……」
「どうしたんだ?」
村瀬は動揺を隠してそう聞き返した。
井上の様子から、その電話の内容を予測するのは簡単だった。
それでもそう聞き返したのは、村瀬の想像しているセリフとは別の言葉が井上から発せられることを期待してのことだった。
しばしの沈黙。
村瀬はゴクリと唾を飲み込む。
ゆっくりと井上が口を開いた。
「栗原が死んでた……」
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