第29話

ふたりは102と書かれた扉の前に立った。


表札はかかっていなかったが、ここが書かれてあった住所であることは間違いなかった。


井上が村瀬にチャイムを鳴らすように目配せする。


村瀬は息を吐き出すと、チャイムのボタンを押した。


こもったチャイムの音がドア越しに聞こえてくる。


だが、人の動く気配は感じられない。


村瀬は続けて2回ほどボタンを押した。


「いないのか……」


村瀬はドアについている郵便ポストの小窓を内側へと押しやり、そこから中を覗き込んだ。


心臓の動きが早まる。


村瀬の手のひらは、じっとりと汗で湿っていた。


栗原という男が、室内で倒れている、いや死んでいるかもしれないと思ったからだ。


あまり広い部屋ではないので、視野の狭い小窓からでも、室内の様子は十分に見て取れる。


中に栗原の姿はなかった。


死角になっている浴室にいる可能性も捨て切れなかったが、耳をすましてみても水が流れる音は聞こえてこない。


村瀬は、視線を正面から下へと移した。


スニーカーが3足、無造作に置かれている。


これでは中に栗原がいるかどうかの判断はできない。


「あれ?」


村瀬は靴のそばにちらばる郵便物を見つけた。


やけに数が多い。


1日分とは思えなかった。


「なあ」


村瀬は井上を正面に見据える。


「もしかしたら栗原はもう……」


「出直そう。しばらくしたら栗原も帰ってくるかもしれないし」


そう言う井上の顔は冴えなかった。

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