第28話

井上の言葉を最後まで聞かないうちに、村瀬は腰を浮かせた。


「急ごう。早くしないと、栗原って男も……」


村瀬は焦っていた。


ぐずぐずしている暇はない。


栗原が死んでしまったら、またしても絵理香の手がかりを失ってしまうことになる。


せっかく掴んだ情報を無駄にしたくはなかった。


「そう言うと思って、車で来たんだ」


井上は人差し指と中指で挟んだ紙を村瀬の前に掲げた。


「今から向かおう。栗原って男のところへ」


井上が運転するRV車に乗りこむ。


「何から何まで……。悪いな」


「お前のためじゃないぞ。俺は絵理香ちゃんが心配だから一緒に探しているだけさ」


学生の頃、絵理香が井上を慕っていたのもよくわかる。


兄である自分よりも、井上のほうがよっぽど頼りがいがある。


「井上の奥さんは幸せなんだろうな」


「おいおい、急に何言い出すんだよ。気持ち悪いな」


井上がウインカーを出しながら苦笑いを浮かべる。


「俺は絵理香を守ってやることも、亜矢を守ってやることもできないんじゃないか……」


村瀬は小さな声でまるで独り言のように呟いたが、井上はそれを聞き逃しはしなかった。


「しっかりしろよ! 大丈夫だ。ふたりともきっと守ってやれるさ」


「あぁ」


村瀬は声が震えているのを気づかれないように、短く返事をした。


「このあたりだと思うんだが……」


井上が車を道路脇に寄せ、停止させた。


栗原の住所が書かれたメモを開いて確認する。


村瀬も一緒にメモを覗きこんだ。


「こだまハイツ……」


村瀬は栗原の住むアパート名を呟きながら、車内からあたりを見まわす。


「あった! あれじゃないのか」


村瀬はクリーム色のアパートを指さした。


「行こう」


井上が車のエンジンを切った。

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