第23話:器

「まさか無理矢理落とされると想像できなかった」


上手く意表を突いてる、捕えられるなら今しかない!!


セレナ様以上の速度で落下し、剣の有効範囲にたどり着く。

少しでもかすめれば僕の勝ちだ、かするだけでいいんだ。

フォルネウスを下に投げ飛ばす勢いで突き出した。


「届けっ!!!」


空気の抵抗を切り裂いて突き進む剣はセレナ様のチェストプレートに届いた。


「残念ながら届くことはない」


はずだった。


伸ばした腕を掴まれて引っ張られる。

突き出す勢いを利用してセレナ様は反転し、僕の後ろへと回る。

しかしまだ終わったわけではない。


「まだっ………」


「届かないと言っただろう」


こちらも反転しながら剣を振るおうとする。

しかしセレナ様はそれすら読んでいたのか、僕の腹を卵を触るように弱い力で押す。

本来ならものともしないはずのことだったが、その弱いひと押しで僕の落下速度は速くなる。


「さ、私のクッションになりなさい」


「な………まさか!?」


冷たい瞳で見下すセレナ様から目を離し、振り返ろうとするも既に遅かった。

次の瞬間には身体が硬い地面と強く衝突し、声を出すまもなく僕の上にセレナ様が着地した。


「ぐはっ!?」


結果は完封だった。

頭をフル回転してようやく捻り出した策も初見で対応されて逆に僕が制圧されている。

背中を強打しているせいでしばらく立ち上がれそうにない。

これ以上、彼女に攻撃を仕掛けることはできなかった。


「意表を突かれたのは認めよう、しかしどうにも私は弱く見積もられていたようだな、100年後に出直してこい」


ゴミを見るような目で睨みつけられる、腹を足裏でグリグリされて痛い。

呼吸が落ち着いてようやく声を出せるようになってきた。


「痛い………」


「私をみくびった罰だ、喜んで受けよ」


酷い。

こちらはもう動けないというのに痛ぶるだなんて、この人は本当に騎士なのだろうか。

というかいつまで乗っているのだろうか、そろそろ筋肉が限界を迎えそうだ。


「もうどいてくださいよ………重い………」


そう口にした途端に、セレナ様の冷たい瞳がより冷たく、凍えるような視線になる。

そして僕を踏みつける足がより鳩尾に食い込んでくる。

失言してしまったと、僕が察するのには十分だった。


「あ?貴様今何と言った?私のことを?重いと?言ったのか?」


「………気のせいでは?」


「どうやら貴様は今ここで死にたいらしいな」


「まあ、その辺にしてやってくれ」


腰に携えた剣の柄に手を添えたセレナ様の奥から、もう一柱の女神が舞い降りた。

ただ下まで落下してくるだけだというのに、マナさんはやけに神々しかった。

僕とは大違いでつま先からゆっくりと着地したマナさんは怒るセレナ様の方に腕を乗せた。


「次期団長筆頭様が感情に流されてどうするんだい?」


「でもぉ………こいつ私のこと重いってぇ………」


セレナ様の顔から鬼神のような恐ろしさが消え去り、どこにでもいる普通の少女の顔へと変貌する。

なんなら涙を浮かべて抗議している、今にも剣を抜き放ちそうなのは変わりないのだが。


「そりゃあそんなゴテゴテとした鎧を纏っていれば誰でも重いと言うだろうね」


「うっ………」


「それに王宮騎士団がギルドの団員を怪我させたとあれば世間体も良くはない、この馬鹿には私からきつく言っておこう」


マナさんがと強調したのは、世間から見ればデモンズユナイテッドは王の懐刀として目覚ましい活躍はしているが、王宮義賊団としての一面は世間一般に知られていないことを強調したかったからだろう。


「わかりました、私とて騎士団の評判を気にしないわけではありません」


セレナ様が剣から手を離す、どうやら許してもらえたようだ。

今後女性に対して重いだなんて死んでも口走らないように密かに誓った。


「いいか痴れ者、貴様はそこら辺の剣術道場に入れて貰おうとすれば手放しで弟子入りさせてもらえるだろう」


「じゃあ………」


「だが私の“戦姫流”は別だ、実力は当然だが適性が何より重要だ、それは訓練でどうこうなる問題ではないのだ」


適性、そんなものが僕にあればよかったのだが。

セレナ様の言うことを信じるのならば、僕には“戦姫流”の適性がない。

それは覆しようのない事実であり、もうどうしようもないことだ。


「名を聞いておこうか痴れ者」


「………シェイル・フォールン」


「シェイル・フォールン、貴様は弱い、今は“戦姫流”のうつわには値しない」


「………はい」


文脈から察してはいたが、それでもなかなか辛い内容だった。

自分の未熟さをこうも突きつけられると中々くるものがある。

まさか僕自身のことを何もアピールできずに終わるだなんて、あまりにも惨めだ。


………切り替えなきゃ


当てが外れたんだ、これ以上は自分だけで磨くしかない。


「そもそも“戦姫流”の弟子は取らないつもりだった、過程がどうであれ結果は変わらなかった」


そうだ、セレナ様は言っていた、弟子を取るつもりはないと。

そうだ、元から結果はダメでただ力量を測られていただけ、そう思うことにしよう。


「こればっかりは諦めるしかないね、王国屈指の実力者からアドバイスを貰えたという収穫で満足しよう」


「………そう………ですね………」


そうだ、貴重なアドバイスを貰えたんだ、普通に生きてたら会うことすら許されない人物からの貴重なアドバイスだ、重みが違う。

それだけで満足するべき………なんだろうな………


満足するべきだ、そう自分自身に言い聞かせるように心の中でずっと唱える。

しかしどれだけ唱えても心は納得しない、最も力をつけられる道を諦めることができない。


そして何より、これまでの僕の努力を否定された気分だった。


視界が滲む、僕を見下ろしているセレナ様の輪郭がぼやけている。

滲んだ視界でもわかるほどセレナ様があたふたしている、マナさんが面白そうににやけている。


僕自身のが泣いているのを察するのは難しくなかった。


ああそうだ、僕は悔しいんだ。





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