第22話:卓越

「噛み砕けッ!フォルネウスッ!!」


自分自身を奮い立たせるように声を出す。

影が深淵のように色濃い黒に染まり、僕の一歩ほど前から二振りの剣が顔を覗かせる。


純白の剣と漆黒の剣、悩んだ末に僕は漆黒の剣のみを引き抜いた。


それを見てマナさんは両目を見開き、セレナ様は眉をぴくりと動かした。


「おやシェイル君、もう一振りを引き抜かなくていいのかい?」


「聞こえなかったのか、私は全力でかかってこいと言ったのだぞ」


もちろん、何の意味もなく純白の剣を引き抜かなかったわけではない。


「今の僕に二刀流は難しすぎます、少なくとも、一刀流よりは遥かに弱い」


僕はまだ二刀流を使いこなせていない、だからこそこの人に教えを乞おうとしているのだ。

5年前からずっと扱ってきた一刀流がより手に馴染み、より自分自身を引き出せる。


右腕を折りたたみ、左手を切先に添えてセレナ様に向ける。

僕が理知的な魔物を相手に大体最初に取る構えだ。

今まで自分が見てきたものを総じて1番僕に馴染む構えだ。


「………まるで槍術のようだな」


「流石は団長候補筆頭ですね」


セレナ様は一眼で僕の構えの原型が何かを見抜いた、それだけ見てきた証拠だろう。

言い当てられた通り、これは槍使いがよく取る構えだ、剣士に距離で優位を取れる間合いを図るような構え。

到底剣で届くはずもない間合いだが、僕はこの構えに可能性を見出した。


「行かせていただきます」


「わざわざタイミングを教える礼儀正しさは認めてやろう」


それ、試験に関係ないですよね、と心で呟きながら、僕は前方に跳躍した。

身体を前傾姿勢にして左足の踏み込みに全力を込める。

間合いの外だったセレナ様の顔が瞬時に寸前のところに迫る。

当たるだなんて思っていないが女性の顔を叩き切りに行くのは憚られる、鎧の肩の部分を狙って折りたたんだ右腕を押し出した。

距離を瞬時に詰めて相手を切る、これが最も簡単で安全な方法。


戦いにおいて、一撃だけでも致命傷を与えれば勝ちなのだ、まさに先手必勝というやつだ。


「セアッ!!」


フォルネウスの切先が鎧に触れそうになったその時、視界がブレた。


「悪くはない、だがまだ踏み込みが浅い、だから遅い」


彼女の肩に当たるように思えた切先は、まるですり抜けたように躱されて当たることはなかった。

ただ身体を斜めにしただけ、だがたったそれだけの動作で僕の攻撃は躱されてしまった。


しかし本命はここからだ。


僕が一撃目でこの音速の突きを多用している理由は自身にあっているだけではない。

この最初の一撃が躱されたら僕は相手に背中を見せて完全に無防備になってしまう。

それを見越して僕は対策を打っていたのだ。


剣を手繰り寄せるように、腕を再び折りたたむ。

すると剣は綺麗に弧を描いて再びセレナ様に襲いかかっていく。

前に進む勢いを利用して更に速度の上がった横なぎの斬撃、今まで躱されたことのない攻撃だ。


通り過ぎざまにセレナ様の顔をチラリと見やる。

彼女は眉をぴくりとだけ動かし、剣を冷静に見ていた。


「まだ青い」


再び視界がブレたかと思えば、そこにセレナ様はおらず、僕の渾身の一撃は空を切っていた。

自身のあった一撃なだけに、悔しさが心から滲み出ていた。


地面を滑りながら減速し、止まったところでセレナ様の方を振り返る。

僕の斬撃がまるでそよ風が吹いた程度のように感じるほど飄々とした態度でこちらを見下ろしていた。


「発想は悪くない、だが貴様にはそれを生かす技術と経験が圧倒的に不足している、故に青い」


「………アドバイスどうも」


「マナが推薦するだけのことはある、ほらかかってこい、それとも諦めたか痴れ者」


「んなわけないでしょう!」


再び斬りかかる。

今度は右上段からオーソドックスに切り掛かる、しかしセレナ様は半歩ほど下がるだけで軽々と回避した。


そこからはただひたすらに攻勢を仕掛けた。

右、左、斜め右、上、躱されても躱されても攻撃し続けた。

しかしどれも当たる気配がしない、ただひたすらにこちらの体力が奪われていくだけだ。


「………ふっ!!!」


それでもなんとか意表を突こうと、剣を振った勢いそのままに突きを攻撃のパターンに組み込んでいく。


「その程度で私の意表を突こうとするなど、片腹痛い」


どういう原理かはわからない、しかし身体の真ん中を狙い、あとほんの少しという距離だけだったのに躱されてしまう。

尋常じゃないスピードとそれをコントロールする技術、何もかもが卓越している。


だがそれだけではない、そのまま剣をセレナ様の脚元に突き立てる。

魔力を剣に流せば血潮のように深紅の紋様が鈍く光る。


「噛み砕けッ!!」


セレナ様の足元に影が広がり、次の瞬間にそこに出来たのは下水道まで貫通しそうなほどに深い大穴だ。

流石のセレナ様もこれには驚いたようで、目を見開いている。

足場のなくなったセレナ様は真っ直ぐに落下していくが、冷静そのものだ。


「空中で動けますかねッ!」


それを追いかけて僕も穴の中に降りる、足場がなく踏ん張りの効かない今なら少なくともあの目にも止まらないスピードを奪ったも同然だ。

上手くいけばここで一撃を与えられる。

最悪身のこなしを視認して盗むつもりだ。


まだセレナ様はバランスを上手く撮れていない様子だ、千載一遇のチャンス、掴み取りに行かないわけがない。


「貰った!!!」





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