第2話

強烈な不快感と共に目を覚まし、訳も分からないまま大量の水を吐き出していた。


あまりの苦しさに目を開ける事ができないが少しずつ呼吸が落ち着くにつれ、自分の身に何が起きたが思い出していく。


(助かったのか…?)


身体に痛みはない。


手足の感覚もある。


自身の生存を確認し、少しでも呼吸が楽になるように仰向けになって目を開くと、雲一つない青空が広がっていた。


「助かったぁ……」


思わず安堵の声が漏れたが、それも束の間、眼前を大きな影が通り過ぎて行った。


「……え?」


何とも間の抜けた声。


しかし、それも仕方のないことだった。


飛行機ではない。


見た事もない巨大な生物が上空を通過して行ったのだ。


慌てて体を起こし目で追うと、その巨大な生物は4枚の翼をはためかせ、大空を優雅に飛んでいた。


既に遥か遠くにいる為、全容は分からなかったが、それでも自分の身に何が起きたか理解するには充分だった。


「やっっったぁぁぁああああ!!」


まだ息苦しいのも忘れて肺の中の酸素を全て吐き出す程の雄叫びを上げる。


その声のあまりの大きさに周りで鳥の様な生物が飛び立って行く。


その鳥の様な生物もまた、見た事のない生物だった。


見知らぬ生物。


見知らぬ世界。


遂に並野 仁は異世界へ舞い降りたのだ。


その事に気付いてからの彼の行動は早かった。


真っ先に行ったのは容姿の確認。


何かないかと辺りを見渡すと大きな泉が広がっていた。


流れ着いた先が川岸や海ではなく泉である事で、この場所が異世界である確信が更に強まり、再び感動が込み上げてくるが今は容姿の確認を優先する。


「ふぅー……」


目を閉じ、静かに息を吐いて、早まる鼓動を鎮める。


自分が緊張しているのが分かる。


こんなに緊張しているのは、いつ以来だろうか。


(……よし!)


心の中で意を決して、ゆっくりと目を開ける。


水面には無精髭を生やした男の姿が映っていた。


(……うん。いつもの俺だ)


若返っても端正な顔立ちでもない事に多少残念な気持ちになるが


(まぁ、剣とか自動販売機みたいな無機物よりは良いのか……?)


と自分を納得させる。


しかし、これで自分が異世界に転生した訳ではなく、転移してきた事が分かった。


問題はどうやって転移してきたのか。


興奮で熱くなっていた頭を冷やし、冷静に状況を分析する。


自分は川に流されて、気付いたらこの泉にいた。


大きな泉の為、全容を把握する事はできないが、見たところ川などと繋がっている場所はない。


つまり、水中で自分が流された川とこの泉が繋がっている事になる。


(なるほど。テル○エ・ロ○エ方式か)


彼は自身の異世界データベースから、そう結論付けた。


今回、越えたのは時間ではなく世界だが細かい事は気にしない。


もしかすると水中に門(ゲート)のような物があり、自由に行き来が可能かもしれないが、今は確認しに水中に入るのはやめておく。


ここは異世界。


水中にどんな生物がいるか分からない以上、無理は禁物である。


(水の中のゲート……。つまり、今の俺はゲートを通ってきた緑の人。ふふ……)


着ていた衣類の色が緑だった事も相まって、心の中でほくそ笑む。


夢にまで見た異世界。


自身の状況が物語の中の登場人物と重なる度、嬉しくて仕方がないのである。


しかし、いつまでも水面を見つめている訳にはいかない。


確認したい事、検証したい事は、まだまだ沢山あるのだ。

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