第30話 最後の選択

地下施設内に響くサイレンが、緊迫した空気をさらに引き締めていた。

赤い非常灯が点滅し、壁に映し出される影が揺れるたびに、誰もがわずかに息を飲む。


「PhaseFour起動まで、残り9分——」


モニターに浮かぶ警告文を前に、玲奈、翔太、美咲は、ついにその中心人物と対峙していた。

風間礼子。警視庁捜査一課長、かつて玲奈の父とともに行動していた謎の多い存在。

だが今、彼女は背後の装置群を背に、静かに三人を見下ろしていた。


「あなたが、“R”なのね……?」

美咲が震える声で問う。


風間は笑わなかった。ただ、目を伏せてからゆっくりと頷いた。

「そう。私が“R”——“RedMoonProtocol”の設計者。そして、あなたたちの父の協力者でもある」


玲奈が一歩踏み出し、声を強める。「父は……あなたに殺されたの?」


「いいえ」と風間は即答した。「殺したのは“組織”よ。私は最後まで、彼を救おうとした。だが、間に合わなかった……それだけ」


玲奈の拳が震える。「どうして……どうして、こんな形で隠していたの?」


「隠すしかなかった。私が“協力者”ではなく、“主導者”になった瞬間に、全ての矛先が私に向く。あなたたちが知るべき“真実”を明かす前に、誰かが私を排除する。それがこの世界の構造よ」


翔太が口を開く。「RedMoonProtocolの目的は……何なんだ? このPhaseFourってのは、一体……」


風間は静かに手元の端末を操作した。モニターに新たな画面が浮かび上がる。

そこには、政治家、企業幹部、公安関係者の顔写真と、密接な金の流れが図示されていた。


「この国の“汚れた中枢”を、暴露するための仕掛け。それがPhaseFour。

このシステムは、RedMoonが5年以上かけて集めた全ての証拠データを、国際ジャーナリストネットワークに一斉送信するもの。

だが……代償は、あなたたちにも降りかかるかもしれない」


「……どういうこと?」美咲が眉をひそめる。


風間は初めて、苦悩をにじませる表情を見せた。


「あなたの父は……最後の最後まで、送信をためらっていた。理由は、君の名前がリストの中にあったから」


「……え?」


「RedMoonが追ったデータの中には、美咲、君がかつて関わった“自殺教唆サイトの炎上事件”の記録も含まれていた。たとえ関与が間接的でも、その影響力がどこかで悪用された。父親として、それを明かすことに葛藤があった」


美咲の顔が青ざめる。「そんな……私が原因で?」


「違う」翔太が即座にかぶせた。「利用されたんだよ、美咲。お前の正義が、誰かに」


玲奈もそっと手を重ねた。「だからこそ、真実は明かすべきなの。今、止めたら……また誰かが同じように操られる」


風間は、二人の言葉を聞きながら、ゆっくりと手を下ろす。


「……覚悟はあるのね」


「ある」玲奈がきっぱりと答えた。「私たちで、終わらせる。父の想いを、あなたの正義を」


翔太がカウントダウンの数字に目をやる。「残り1分……やるなら今だ」


風間は、微かに笑んだ。それは、ずっと背負っていた重荷を降ろす者の表情だった。


「送信開始……RedMoonProtocol、最終フェーズへ移行します」


一斉送信ボタンを押した瞬間、部屋中のモニターが切り替わった。

証拠映像が次々と世界中のメディアに送信される様が可視化され、外の世界へと真実が解き放たれていく。


三人は、ただ静かにその瞬間を見つめていた。


それが、全ての始まりであり、終わりだった。


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月下に咲く復讐の花 ユキ @yoshiyuki5452

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