第28話 書き換えられた夜明け

システムのシャットダウンが完了した瞬間、地下施設に漂っていた緊張が音を立てて崩れ落ちた。

風間礼子の姿は、すでにそこになかった。だが彼女が遺した「創設者コード」は、確かに玲奈たちの手に託された。


「……本当に、これで終わったんだろうか」


美咲がモニターに映る停止ログを見つめながら呟いた。施設内を駆け巡っていたアラート音も止み、どこか虚ろな静寂が広がっている。代わりに聞こえてきたのは、通気ダクトを通る風の音と、誰かの微かな足音。


玲奈が背後を振り返る。「誰かいる?」


翔太が身構えるが、現れたのは氷室だった。彼の顔には疲労の色が濃いが、かつての迷いは消えていた。


「風間は、すでにここを離れた。だが……彼女が残したログとコードは、すべて保存してある。真実を暴くためには、時間が必要だ」


玲奈が歩み寄る。「あなたはどうするの? またどこかに消えるの?」


氷室は首を横に振る。「今度こそ、俺は証人になる。紅月開発の不正だけじゃない――警察内部、政界との癒着、全部を白日の下に晒す」


翔太が問う。「生きて帰れると思ってるのか?」


「思ってない。でも、あなたたちがここまでやったことを無駄にはできない」


氷室は端末を玲奈に託し、笑った。「彼女が“R”だったこと、俺は途中で気づいてた。でも、あえて言わなかった。……見極めたかったんだ。どちらに進むのかを」


玲奈は答えない。ただ、目を細めて静かに頷いた。


――

翌朝。地上へ戻った三人の視界に広がったのは、かつての東京とは異なる空の色だった。

爆音もサイレンもない、けれど確実に“別の秩序”が始まりつつある気配。

街はまだ平常を装っていたが、公安庁内では極秘裏に“PhaseThreeの異常停止”が問題視され始めていた。


「すぐに動きが来るわね……報復か、隠蔽か」


美咲が呟くと、翔太が苦笑した。


「だったら先に動くしかない。……ここからが本番だ」


玲奈がバッグから“創設者コード”の入ったUSBを取り出す。


「この中には、まだ解析してない“PhaseFour”の記録も残ってる。たぶん、風間さんが最後に仕掛けた罠」


美咲の表情が強張る。「“PhaseThree”で終わりじゃなかったの……?」


「風間は、全てを一気に崩すつもりだったのよ。紅月だけじゃなく、システムそのものを――」


翔太が一歩前に出る。「……だからこそ、止めた。俺たちは“真実”を使って、守る側にならなきゃいけない」


その時、スマホが震えた。


差出人不明のメッセージ。添付された動画ファイルには、施設内の監視映像が映っていた。

暗闇の中、マスク姿の何者かが、別の“創設者コード”を端末に入力している――その人物の背後には、消えたはずの風間礼子の影。


「まだ終わってない……!」


玲奈が声を荒げる。


映像の最後に映ったのは、白い手袋をつけた風間が、何かを誰かに手渡す姿。


それはまるで、次の“選択”を委ねるような所作だった。


翔太は唇をかみしめながら言った。


「もう一度潜らなきゃならない。地下じゃない、“もっと深い場所”へ」


玲奈も応じる。「PhaseFour――その本当の意味を探るために」


美咲は静かにUSBを握りしめた。


「このままじゃ終われない。私たちは、もうただの被害者じゃない。あの場所を見た者として、責任がある」


朝の光が3人を包み込んだ。


新たな戦いの幕は、すでに静かに開いていた――。

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