第12話 揺らぐ影

玲奈のアパートで朝まで資料と向き合っていた三人。コーヒーの空き缶が机の上にいくつも並び、タブレットのバッテリーも警告を発していた。カーテンの隙間から差し込む朝の光に、眠気と疲労が重なる中、翔太が画面を見つめながら声をあげた。


「おい、これ……見たことない癖じゃないか?」


翔太が開いたテキストファイルの末尾、文の終わりに打たれた二つのピリオド。「……」ではなく「..」——通常の三点リーダーではない、それは微妙で不自然な癖だった。


「文章の終わりに毎回、この“二重ピリオド”がある」


「氷室さんの癖じゃないの?」と玲奈。


翔太は首を横に振った。「いや、少なくとも俺が見てきた氷室さんの報告書やメモでは、見たことがない。氷室さんは割と正規表現にうるさい人だったし、こういう曖昧なのは好まなかったはず」


玲奈は少しだけ息を呑んだ。「……その癖、父にもあった」


美咲が顔を上げた。「玲奈のお父さんに?」


玲奈はうなずいた。「仕事で使ってた古いノートPC、時々一緒に見たことがあった。打ち間違いかと思ってたけど、全部の文末に“..”がついてた。父の癖……間違いない」


翔太が再度画面を見ながら唸るように言う。「じゃあ、このファイル……Rは、玲奈の父親が関わっていたと考えるのが自然か」


美咲は小さく目を細めた。「……でも、なんだろう。わたし、この“..”って癖……最近どこかで見たような……」


玲奈と翔太が美咲を見つめる。


「思い出せないけど、どこかで確かに……。ただ、それがどこだったのか……」


沈黙が流れる中、翔太が別のウィンドウを開いた。「これ。“紅月開発”関連のファイル群もここにある。中身はほとんど暗号化されてるけど、タイトルだけは読める」


画面に映るタイトル群。“KD_Project”、“Phase_K”、“Confidential_Room”… そして、“KAZAMA-MTG”。


「……風間、のミーティング記録?」玲奈が目を見開いた。


翔太が真剣な表情で頷いた。「風間と紅月の関係、やっぱり裏で何か繋がってる可能性がある」


「風間礼子が……紅月と?」


美咲の脳裏に、今までの風間の言動が走馬灯のように蘇る。信頼していた存在。その裏側に潜む、得体の知れない影。


玲奈がぽつりと呟く。「どこまでが偶然で、どこからが操作された情報なのか……わからなくなってきたわ」


「でも、この“..”の癖が父親のものだとしたら……このファイル群は、父が残した証拠。風間と紅月を結ぶ何かを、父は知っていたのかも」


沈黙が部屋を包む。時計の針が午前4時を指していた。空気は重く、まるで次の一手を静かに待っているかのようだった。


翔太が息を吐きながら立ち上がる。「とにかく、今日の昼にはもう一度警視庁に行って、内部データベースで“風間”と“紅月”の繋がりを探ってみる。許可が下りるかわかんないけど」


美咲は小さくうなずいた。「私も、父の遺したノートをもう一度見返してみる。あの癖を、どこで見たのか……必ず思い出す」


その言葉の中に、わずかに震える決意が混じっていた。眠気も疲れも押し込めたその声が、朝焼けのなかで小さく響いていた。


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