第30話
体育館裏の人気のない道は、いつも朝練へ向かう夏向さんと一緒に通る道だった。
逆走して道を抜けた先には
当然いつもの桜の木がある。
私は走って桜の木を素通りすると、坂道を駆け降りてから、そのままくるりと傾斜を見上げた。
ここまで走ってきただけで、すでに息は上がってしまっていた。
だけどまるで何かに焦る私にはその場で休憩している余裕はなかった。
そのままたった今降りてきた坂を全力で駆け上がる。
息が苦しくて途中で何度も立ち止まりそうになった。
だけどその度、頭の中にさっきの寂しそうな夏向さんの横顔がちらついて、まるで何かを振り切るように私は懸命に坂道を走った。
どうにかたどりついた頂上で、私はもつれる足のままなだれこむように桜の木へ両手で触れる。
はあはあと肩を揺らして荒く呼吸をしながら
私は縋るように目の前の桜の木を見上げた。
いつか夏向さんは私のことを好きになってくれると信じているし
そうなればその先は絶対に絶対に私が幸せにするって決めてる。
だけど。
……今は、まだ。
「夏向さんが傷付いてませんように」
呟いた弱い声が
暗くなり始めた校舎裏に虚しく溶ける。
夏向さんが私を好きになってくれるまでは
無力な私にできることは、こんなことくらいしかない。
私は桜の木に手をついたまま、何度もそう祈って、ぎゅっとそのまま強く目を閉じた。
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