第7話 パンとチュ
いくつかのパンとコップをテーブルに乗せた。
それからサイダー開けると、ゆっくりとコップに注ぐ。
しゅわしゅわと音を立て、透明な液体に浮かぶ泡を目にしたアイリスは、興味津々といった様子だ。
やっぱりな。貴志は口角を上げた。
向こうの世界にないものを、と思ってサイダーを買ったのは正解だったらしい。
好みかどうかは分からないが、とりあえず一口勧めてみる。
「縺ェ縺ォ縺薙lッ!?」
アイリスはサイダーを口にすると、はじける刺激に驚いたのかそのまま固まってしまった。
「ははは、本当にアイリスは可愛いな」
「タカシ! 縺�§繧上k」
笑われたことにふくれっ面をしたアイリスだったけど、すぐにまたサイダーを飲んでいる。
良かった、どうやら気に入ってくれたらしい。
そうしているうちに貴志の弁当も加熱が終わったようなので、レンジから取り出すとテーブルに置いた。
「いただきます」
「?」
「こっちでは食べる時に手を合わせて『いただきます』っていうんだ」
アイリスはそれで理解できたのか、こくりと頷くと、小さな声で練習をはじめた。
「今日はいいよ、さすがに無理だろ」
「いた……だき、ます」
「ええっ? 凄すぎるだろ、アイリスは耳がいいんだろうな」
そういって頭を撫でると、アイリスは嬉しそうに笑顔を覗かせた。
どうやら褒められるのが好きみたいだな。
「はい、食べていいよ」
貴志はパンを袋から出して、アイリスに渡した。
アイリスは小さな口をいっぱいに開いて、あーんとパンにかじりつく。
「縺ェ縺ォ縺薙l縲√d繧上i縺九>! 縺昴l縺ォ縺ゅ∪縺��縺後〒縺ヲ縺阪※……縺ク繧薙↑繧ゅ�縺ッ縺�▲縺ヲ縺ェ縺�?」
「おお、長い異世界語が出たな。何言ってんだかさっぱり分かんないや。でも顔見たら分かったわ」
目をキラキラさせてほっぺたに手を当てて、もぐもぐと食べる口が止まらない。
これが『美味しい』じゃなかったらなんだというのか。
「クリームパン気に入ってもらえてよかったよ。俺もそれ好きだし。さて、じゃあ俺も食べるとするか」
ハンバーグ弁当を開けると、湯気が立ちのぼり、ふわりとソースの香りが広がった。
するとアイリスの動きがぴたりと止まる。
その視線は、貴志のハンバーグ弁当に釘付けだった。
「えっと……食べてみたい、のか?」
箸でハンバーグを一口大に切ると、アイリスの口に近づけてみる。
アイリスはわずかに躊躇しつつも、
「まるで釣りでもしてる気分だ……おっと、おかずを食べたら次はご飯だ。この食べ方が美味いんだぜ」
貴志はそういうと、ご飯を掴んでアイリスの口に運んだ。
アイリスはしばらくもぐもぐしていたが、ごっくんすると
まるで「最高♡」という吹き出しが飛び出しそうなほど、
「こっちも食べるか?」
ハンバーグの横に乗っていたソーセージを掴み、口に近づけると、アイリスは物悲しそうな顔をして首を横に振った。
この顔は、『本当は食べたいんだけど』って顔だろう。
「遠慮しなくていいんだぞ。俺は足りなきゃパン食べるし、好きなだけどうぞ」
優しくそういうと、アイリスは頬を赤らめて、ぱくりとソーセージを口にした。
パリッという軽快な音を鳴らして噛み切ると、もぐもぐしながら笑顔の花を咲かせる。
こんな嬉しそうな顔をされたら、いくらでも食べさせてあげたくなっちゃうってもんだ。
結局、ハンバーグ弁当は半分ほどがアイリスの腹の中に収まった。
今は満足そうにお腹を撫でて、余韻を味わっているようだ。
「そうだ、なんかテレビでも見るか?」
テレビを付けて適当にザッピングするも、あまり面白そうな番組がやっていなかったので、アメマTVを起動させる。
ここは好きなジャンルの番組をずっと垂れ流してくれるから、貴志のお気に入りだった。
「うーん何がいいかな。麻雀……は見るわけないか。見たいのある? ここで切り替えられるから試してみてくれ」
アイリスにリモコンを持たせると、使い方を教えてあげる。
いくつか番組を切り替えて、結局アイリスが選んだのは『アニメ』だった。
言葉は分からないだろうに、もう夢中で画面にかじりついている。
ちなみに今は、キツネの少女と行商人の男が旅をするアニメが放送中だ。これはリメイク版か。
「じゃ、俺はシャワー浴びてくるから」
そんな貴志の言葉はまるっきり無視された。
まあアイリスはアニメの世界に夢中なのだから、仕方がない。
シャワーを浴びながら、さっき買ったトリートメントを棚に並べる。
自分だけでは絶対に使わないものが並んでいる違和感に、なんだか気分が高揚した。
アイリスは行くあてがないのだし、しばらくはここで暮らすことになるだろう。
それって同棲……みたいだよな。
「同棲といえば歯ブラシ買い忘れたな。でもたしか買い置きが……あった」
歯ブラシのパッケージを開けると、自分の歯ブラシの横に並べて立ててみる。
やっぱこれ同棲だわ。二本の歯ブラシが寄り添う姿を見て、貴志はそう実感した。
——ガチャ。
いい気持ちで体を洗っていたら、アイリスが突然ドアを開けてきた。
しかもちょっと焦っていて、今にも泣きそうな顔をしている。
腕を引っ張られるので仕方なく、タオルを掴んで部屋に行くと——。
「縺溘☆縺代↑縺�→!」
画面の中で、主人公たちがピンチを迎えていた。
どうやら助けようとしていたらしい。
貴志を応援に呼んでも役立つはずもないのに。
「違う、違うんだ……。アイリス、これはアニメであって現実じゃないんだ……」
少し説得に時間は掛かったが、どうにかアイリスを納得させてから体を流す。
そしてシャワーを出たら寝る準備だ。
「アイリスはそのままじゃ寝れないだろ? とりあえず脱いで寝やすいのに着替えろよ」
貴志が服を脱ぐジェスチャーをすると、アイリスはその場でワンピースを脱いだ。
また全裸か?と構えたが、そういえばワンピースの下にはパッド付きのキャミソールを着せたのだった。
「それにTシャツでいいか」
タンスから適当なTシャツを掴むとアイリスにぽんと放る。
アイリスは頭を出す穴を探すのにちょっと苦戦していたが、なんとかTシャツを着られたようだった。
「じゃあベッドどうぞ」
貴志が掛け布団をめくってポンポンとベッドを叩くと、アイリスはのそのそとベッドに上がり、ころん。
体の上に掛け布団を掛けてやると、貴志は床に寝転がる。
ちょっと固いけど、寝れないこともないだろう。
そう思っていたら、アイリスが掛け布団をめくってベッドをポンポンと叩いた。
「え、こっち来いってこと? うーん、でもなぁ……」
「厶ー」
「分かったよ。本当にいいのかよ」
シングルのベッドは、2人で寝るにはちょっと窮屈だ。
貴志はアイリスに触れないよう、ベッドの淵ギリギリのところで寝ることにした。
彼女に背を向けて横になると、不意に服を引っ張られる。
落ちそうだからもっと近くに来ていいよ、ということだろうか。
ならそうさせてもらおう、とベッドの中央へ寄ると——チュ。
ほっぺたにそんな感触があった。
「えっ……」
「タカシ、縺ゅj縺後→」
何かを呟くとアイリスは貴志の背中に豊満な双丘を押し当て、ぴたりとくっついてきた。
余程疲れていたのか、それからすぐに小さな寝息を立て始める。
「……な、生殺しすぎるっ!」
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