第6話 はじめての共同作業
服を買ってから、ついでだったので一階のドラッグストアにも寄ることにした。
ここは頻繁に来ているお店なので、迷うことなくお目当てのコーナーへ向かう。
「改めて見るとすげえいっぱい種類あるな。ってかそもそもトリートメントとリンスとコンディショナーって一体何が違うんだ?」
アイリスにはもちろん伝わらないので、独り言のつもりだった。
なのに、突然後ろから声が聞こえたので思わず飛び上がってしまう。
「それはですねえ、リンスとコンディショナーは髪の表面を保湿するもので、トリートメントは髪の内部から補修するといった違いがあるんですねえ!」
「店長、びっくりするからいきなりシュバらないでほしいんですけど……」
ここの店長は気さくで、引っ越してきたばかりの頃の貴志によくしてくれた人だ。
ちょっと距離感が近すぎるので、少し疲れてしまうのが玉に瑕ではあった。
「店長として商品選びに迷っている子羊に手を差し伸べるのは当然ですねえ」
「子羊って……。あ、じゃあリンスとコンディショナーの違いは?」
「…………」
「…………」
「ところで空野さん。そちらは彼女さんですか?」
「堂々と誤魔化したな……この子は彼女ではないですよ。会ったばっかなんで」
「あら、そうだったんですねえ。でもいい感じじゃないですか!」
店長はアイリスにしがみつかれている腕を見ながら、小声で囁いてきた。
だからそんな関係じゃない、って言い返しても仕方がないか。
「はぁ、じゃあおすすめのコンディショナーは?」
「コンディショナー……貴志くんもおしゃれに目覚めたんですねえ?」
「いつもボサボサで悪かったですね。ってかこの子用ですから」
「女の子向けならこれはどうです? ビーチェのハニークリームトリートメント! これには蜂蜜と生クリームが入ってましてねえ、それが保湿のマリアージュを……」
「じゃ、これにします」
店長の商品への愛をすべて受け止めているといくら時間があっても足りないので、商品を手に取ることで切り上げさせてもらった。
まあ店長のチョイスはハズレがないから、従っておけば間違いないはずだ。
「1089円になります」
「BuyBuyで」
買い物が終わった貴志は、店長の「がんばってねえ」という意味深な応援を背中に受け帰宅する。
エントランスに入ると、アイリスがちょこちょことエレベーターの前に行って、ボタンを押してくれた。
あれを押せばエレベーターが呼べる、というのをちゃんと観察していたのか。
アイリスを怖がらせないために帰りは階段で、と考えていたがそんな心配は必要なかったようだ。
「縺。繧�≧縺帙s縺吶k縺ョ!」
これから大勝負にでも挑むような顔で、アイリスは何かを呟いた。
なにやら張り切っているし、もう怖くないんだろうと考えながらエレベーターに乗り込む。
うん……今回は「ヒェッ」だった。
「思ったよりたくさん買ったなあ」
家に戻って商品を広げみると、ざっと10着はある。
まあこれでしばらくはアイリスも困らないだろう。
是非とも目の前でファッションショーでもしてもらいたいもんだ、と思ってアイリスを見る。
すると彼女は何故だかモジモジしていた。
「もしかしてトイレかな」
そんなことをわざわざジェスチャーで尋ねるのも下衆いので、そのままトイレに連れて行って使い方を説明する。
まあ紙は流せるよってことと、終わった後はレバーを捻ってねってことくらいだったが。
アイリスはぶんぶんと首肯してくれたので、きっと分かってくれたはずだ。
トイレの蓋の上に置きっぱなしだったアイリスが着ていた破れた服を回収してから、扉を閉める。
「しかし、どうやったらこんなボロボロになるんだ? かすかに血も付いてるし……うおっ」
アイリスが脱いだ服の中に、かぼちゃパンツがあるのを発見してしまった。
いや、これはドロワーズか。いずれにしても下着として履いていたことは間違いない。
「そういえばブラジャーのことばかり考えていたけど、そりゃ下も必要だよな……」
思い返すと、シャワーのあとに渡したのはシャツと短パンだけだった。
つまり今はノー……いかん、考えないようにしよう。貴志は頭を振った。
しかし生活する上では避けて通れない話でもある。
「どっちにしてもあの店には売ってなかったし……仕方ない、明日の帰りにでも下着を売ってる店に行くか」
そう考えたはいいものの、女性の下着売り場に一人で行くのはなかなかハードルが高い。
何度か元カノと行ったことはあったが一人でとなると……。
「仕方ない、あいつに頼ってみるか」
貴志はスマホを取り出してLIMEを開くと、しばらく連絡を取っていない『
自分から別れを切り出した元カノに頼るのは情けないが、女性の知り合いなんてそう多くない。
ましてや一緒に下着屋へ行けるのなんて幸花くらいだった。
『すまん、頼みがあるんだがいいか?』
すると、すぐに既読がついた。そういえばあいつスマホ中毒でいつも触ってたっけ。
『私をフッた人がいまさらなんの用ですかー?』
『明日会えないか? 行きたい店があってさ』
『んー、まぁいいけど』
『じゃあ7時に新宿東口でいい?』
『はいはーい』
これでなんとかなりそうだ、と思って顔を上げるとちょうどアイリスがトイレから出てきた。
「よし、それじゃファッションショーを開催するぞ」
買ってきた服を一通り着てもらった結果、やっぱり最初に選んだキャミワンピがお気に入りのようだった。
ミュールも試してもらったが、ちゃんと履けるようだったので一安心だ。
「そろそろ腹減ったな……飯はどうしよっかな」
貴志は割と自炊をするほうではあった。
上達が目に見えてわかるし、試行の結果をすぐに得られるのもいい。
しかし鬱になってからはそんな気力が起きず、インスタントのもので済ませていた。
つまり家に大した食材はないのだ。
「よし、コンビニ行くぞ」
貴志はアイリスの手を取ると、さっさと家を出る。
どうせ一人にすると捨てられた子猫のような目をするのだから、黙って手を引いた方が早い。
マキシワンピにミュールを履いて帽子も被ったアイリスは、どこにでもいる普通の女の子といえる格好になった。
けど、水色の瞳とピンクの髪に整った容姿の彼女は、そんな普通の服を着ていても特別感がある。
やっぱり高貴な生まれなのだろう、とあたりをつけながらエレベーターを降りた。
浮遊感に慣れてしまったのか、隣から悲鳴は聞こえなかった。
「やっぱコンビニが下にあるってのは便利だな。好きなのを選んでいいぞ」
さっそく弁当コーナーへアイリスを連れて行って、選ばせることにする。
食べ物だということは分かるようで、なにやらブツブツいいながら視線を動かしていた。
「もしかしてパンの方が良かったか? ならこっちだ」
貴志はパンのコーナーにアイリスを連れて行った。
少し悩んでから手に取ったパンは——。
「クリームパン……読めないから仕方ないとはいえ菓子パンだけじゃなあ」
「繧�o繧峨°縺上※縺翫>縺励◎縺�!」
「うんうん、よく分からんけどパンがいいなら明日の分も適当にいくつか買っておくぞ」
貴志はコロッケパンや、メンチカツパン、それにメロンパンなどの菓子パンも含めていくつかをカゴに入れた。
それから自分の分のハンバーグ弁当と何種類かの飲み物も次々に投げ込んだ。
「重っ……」
結構な重量になってしまった袋を持って思わずそうこぼすと、スッと横から手が伸びてくる。
そして袋の片方の持ち手をアイリスが持ってくれた。
二人は袋の重さを分け合うという初めての共同作業をしながら家へ帰った。
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