第5話 はじめてのお買い物
「これで大体乾いたかな」
間違ってシャンプーで洗ってしまったらしいアイリスの髪は、やっぱり少しキシキシしていた。
だから普段は使わないヘアブラシを、あっちこっち探すことになったのだ。
ようやく見つけたのは何ヶ月か前に発売された雑誌の下からだったから自分に呆れるばかりだった。
貴志はちょこんと座っている少女の、ホワイトピンクの髪を丁寧に梳かし、あらかた引っ掛かる感じがなくなってきたところで手を止める。
そもそも貴志は面倒くさがりなので、シャンプーにはリンス不要と謳っている商品を好んでいた。
でもアイリスがいるなら、女の子向けのトリートメントなんかも用意しておいたほうがいいかもしれない。とそう考えたところで、自分の思考が既にアイリスとの同棲を決めているかのようで少し可笑しくなった。
「でもどう見ても行くあて……ないだろ」
貴志の呟きに、アイリスはくるりと振り返って首をこてん。それから自分の髪をペタペタと手で確認すると、にこっと笑った。
「ありがと」
柔らかな笑顔で紡がれたのは異世界の言葉だった。けれど、貴志にははっきり感謝の言葉として聞こえた。
返事をする代わりにぽんぽんと頭を撫でるように叩くと、手を握ってきたので引っ張って立たせてやる。
「あー、やっぱそのままじゃダメだな」
貴志は胸元に目をやってから呟くと、先ほどアイリスに渡しておいたカーディガンを手にする。
そしてアイリスの後ろに回って羽織らせてあげた。
「じゃ、行こっか」
家を出て、エレベーターを待っていると、アイリスが不安そうな顔をしていた。
おそらくエレベーターに乗るのが怖いのだろうと理解した貴志は、階段を指さす。
「こっちで行く?」
貴志がそう聞くと、アイリスはむーっとしばらく考えてから首を振った。
どうやらエレベーターにチャレンジしてみるらしい。
下りのアイツは上りとは一味違うぞ。貴志はアイリスがどんな反応をするのかを想像して口元を緩ませた。
「ヒャッ!」
今回の悲鳴はヒャッだったか。
そんな事を考えてニヤついていた貴志の腕に、アイリスがしがみついてきた。
むにゅっという感覚と共に震えているのが伝わってくる。
うん、ちょっとふざけすぎたな。
帰りは階段で上がろう、そう思いながらエレベーターを降りた。
マンションの横から出て、一階にあるコンビニを通り過ぎると、隣にはドラッグストアがある。
その二階には古着屋のテナントが入っているのだ。
貴志は引っ越してきてから一度も利用したことがなかったが、ここなら多分アイリスが着られる服も置いているだろう。
入店すると、アイリスがポカーンとした顔をしている。
色とりどりの服がそこかしこに置かれている状況に驚いているのかもしれない。
そんなアイリスの手を引いて向かうのは、もちろん女性向けコーナーだ。
お目当ては……。
「んーないなぁ。でも店員さんに聞くのも……うーん」
一番のお目当てはブラジャーだったのだが、どうやら置いてなさそうだ。
まあ冷静に考えれば中古のブラジャーを扱うのは色々と難しいかもしれない。
なんというか、買う層が変わってくる可能性すらあるというか。
「タカシ、縺薙l縺九o縺�>縺ュ」
アイリスは貴志の名前を呼んでからそう呟いて、指をさす。
そこにあったのは薄いピンクのワンピース。キャミワンピってやつだろうか。
肩が紐になっていて、ちょっと露出度が高いけど、胸元の白いリボンが可愛らしい。
多分気に入ったのだろうと、吊るされていたワンピースを手に取った。
「他にも気に入ったのをいくつか教えてくれる?」
貴志は複雑なジェスチャーでアイリスになんとかそれを伝える。
ロボットダンスをしているみたいになってしまったが、アイリスはにこりと微笑んで洋服を選びはじめた。
「すげえ、なんか伝わっちゃってるし……これが以心伝心ってやつか?」
貴志は思わず独り言ちてから、改めて店内を見回してみる。
メンズ、レディースの服はもちろん、財布や靴、アクセサリーまで売っている。
もっと早く来てみればよかったな、そう思っているとツンツンと横腹を突かれた。
「縺薙l縺ォ縺ゅ≧縺九↑?」
「ごめんごめん、それが気に入った?」
アイリスはこくりと首肯した。
今度のは薄紫のワンピースで、前にはボタンがついているタイプだ。
丈は長めだからマキシワンピース……だったかな。
貴志は合ってるかな、と首を傾げながら手に取った。
それからいくつかの商品をアイリスが指さすまま取っていく。
すると、キャミソールが並んだコーナーでパッド付きのものを発見した。
ブラジャーは売っていなかったが、これなら当座の代わりになるかもしれない。
貴志はその中から透けないような薄めの色のものをいくつか
「そろそろ試着してみよっか」
アイリスにそう告げて、近くの店員に確認をとる。
すると試着をしても大丈夫なようで、店員は試着室まで案内してくれた。
「じゃあここで着替えてみて」
アイリスが気に入った服たちを試着室の中に置いて、中に入るように促す。
着替えるんだよ、と服を脱ぐジェスチャーをするとアイリスはすぐにカーディガンを脱いだ。
「ちょ、カーテンは閉めろって! じゃ着替え終わったら教えて」
勢いよくカーテンを閉めると、彼女が着替えている間に軽く店内をうろついてみることにした。
店の奥に行くと靴のコーナーがあった。
そういえばアイリスの履いていたサンダルにも泥が跳ねていたことを思い出す。
「しかし足のサイズが分からんな……」
と、その場を離れようとしたとき、その中に1つだけサンダルがあるのを見つけた。
いや、よく見るとかかとを止める部分がないので、これはミュールか。
色は白で、足の甲の部分が刺繍になっている。
「これ、あいつに似合いそうだな」
貴志はアイリスの姿を頭に思い浮かべながらミュールを手に取った。
試着室に戻ると、アイリスは既に着替え終わっていたようで、カーテンを開けて待っていた。
それはそれは不安そうな目をしながら。
「縺イ縺ィ繧翫↓縺励↑縺�〒ッ!」
「置いていかれたかもって不安だったのか? そんなことしないって」
そう苦笑いをしつつ、貴志はアイリスの頭をぽんぽんしてからその姿に目をやった。
どうやら最初に選んだキャミワンピを着てみたようで、肩から胸元にかけての露出が高い。
とんでもなく可愛い……けどそんなことよりも、やっぱり胸のアレが気になってしまうな。
「よし、じゃあ全部まとめ買いしよう」
毎日家と職場の往復しかしていなかったので、金はそれなりに貯まっていた。
これくらいなら全部買っても問題はない。
そもそも一着も服がないし、服なんていくらあっても困らないだろうしな。
家から着てきた白Tに着替えてもらって、購入する服を両手で抱えてレジに向かう。その途中でキャペリンハットが目に留まった。
つばが広くて、女優帽とか呼ばれることもあるんだったかな。
横についているリボンの色が緑がかった青でアイリスの目と同じだったからかもしれない。
ちょうどピンクの髪を隠すための帽子は欲しかったし、これも買っちゃおう。
「まさか5万円を超えるとは……古着も案外高いんだなぁ」
「縺サ繧薙→縺�↓繧医°縺」縺溘�?」
そういえば貴志がレジで財布と出すと、アイリスはオロオロとして申し訳無さそうな顔をしていた。
まぁ文化が違っても買い物をしていることくらいはわかるだろうからな。
だから今のはごめんとか、ありがとうとか、いいの?みたいなことを言っていたんだろう。
貴志は返事の代わりに、買ったばかりのキャペリンハットを被せてあげた。
「やっば、超似合うよ」
親指を立てて笑いかけると、アイリスも笑顔の花を咲かせた。
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