第32話

「あ…。 」


かすれた声が出た。


「ありがとう…。」






誘拐犯に向かってありがとうだなんて馬鹿げているけど、体が自由になったことを今は、心底ありがたいと思った。


それにこの男は、ひょっとすると悪い人じゃないんじゃないかって、期待したりもした。


さっきもわたしを抱き抱えて口にビニール袋を当ててくれたし、今だって手錠を外してくれた。


それに今までに見たどの誘拐犯よりも若いし、その美しさも相まってとても極悪非道な誘拐犯とは思えなかった。


ただその瞳には、何か普通の人間とは違う、薄気味悪いものが見え隠れしているけれど──。






男はわたしのちっぽけなお礼の言葉なんてまるで聞こえていないかのように、目を伏せた。


それから立ち上がると、檻から出て行った。


格子戸に鍵を掛け、部屋の入り口まで行くと──。


何故か振り返り、もう一度わたしをじいっと見つめてから出て行った。

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