賛歌

「大戦士、ガタウ……」

 エラゴステスの興奮につられ、ティグルたちもその男を見る。

 目の前の男たちの粗末ななりからは、大仰な呼び方である。

 だが、槍の先端を鼻先に突きつけ、彼らを苦しめた獣と対峙するその老いた男の二つ名として、充分に思えた。

 三の唄の最初の「ハ」であった。

 広いその背が、モコリと膨れあがった。

 次の刹那には、まっ黒なその穂先が獣の左膝を砕いていた。

 先端が膝蓋骨の中心を正確に貫通し、軟骨組織を剥離させて関節を逆に折り曲げる。

 膝裏の皮膚が弾けた、ロバの胃袋で作った水筒が破裂するような音が、わずかに遅れて届く。

 一拍遅れて、獣が怒号する。

 怒りと混乱、それを引き起こした痛み。

 燃えたぎる殺傷本能とは裏腹に、獣は腰から下を固められたように動かせなくなっている。

「おお……なんと」

 感嘆の声をもらしたのはティグルだ。

 圧倒的なる一撃に、喉奥にしこりが出来、目に涙がにじむ。

 四の唄。

 整然と並ぶ三の槍と四の槍、計六本の穂先が、獣の内腑に刺しこまれる。

 獣の怒号がつづくが、その勢いは徐々に生命力の喪失と共に、力強さが消えてゆく。

 一の唄。

 そして二の唄。

 背後からの終の槍が、心の臓を貫き、獣が断末魔の声をあげ、そしてそれも途絶える。

 槍がいっせいに引き抜かれる。

 獣の巨体が、ゆっくりと倒れる。

 商隊を全滅させんとしたあの難物を、わずかな時間でたやすく狩る高度な技法。

 そこに居合わせたすべての異邦人が、その光景に魅入られていた。

「これが、砂漠の戦士たちによる、獣の狩り……」

 単純な人と獣の戦いではなく、狩りというだけでもなく、人の英知であり、古代より連綿とつづく歴史であり、そして人がこの厳しい砂漠と対話するための、それは儀式であった。

 賛歌、と言ってもいいだろう。

 そのような言葉をティグルは知らぬが、あいまいな概念を伴って眼前の光景を理解する。

 朝日は完全にその姿を表し、彼らをまばゆく照らす。

「ああ、ああ」

 安堵と興奮に、奴隷たちがすすり泣く。


 このような荘厳な戦いを、彼らは初めて目の当たりにした。

 それは紛れもなく、戦士という存在だけが創り得た、一つの芸術であったのだ。

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